富士電機技報
第89巻第1号(2016年3月)

特集
製品開発を支えるシミュレーション技術

特集 製品開発を支えるシミュレーション技術

企画意図

安全・安心で持続可能な社会の実現に貢献するために,富士電機は,社会・産業インフラをはじめとするさまざまな分野に向けて,エネルギーを最も効率的に利用できる,環境にやさしい製品を提供しています。市場ニーズに合った製品をタイムリーに開発していくためには,製品の機能・性能の基礎となる物理現象を定量的に捉えることが欠かせません。その有力な手段としてさまざまなシミュレーション技術を開発し,活用しています。
本特集では,富士電機の製品開発を支えるシミュレーション技術について紹介します。

〔特集に寄せて〕“実測と違う”から“実測をしてみよう”へ

古山 通久
九州大学稲盛フロンティア研究センター教授 博士(工学)

〔現状と展望〕製品開発を支えるシミュレーション技術の現状と展望

渡邊 雅英 ・ 長安 芳彦 ・ 保川 幸雄

最近の計算科学の進歩により,研究開発から製品設計までのさまざまな段階でシミュレーション技術が幅広く適用されている。富士電機においても,デバイスシミュレーションや分子シミュレーションを活用したSiCデバイスの高性能化や電気的特性の解析や予測,原子レベルでの現象解明を実施している。また,電磁ノイズ解析,騒音解析,流体解析などのシミュレーション技術を活用し,電気機器の冷却ファンの低騒音化や配電盤の内部アーク放電解析,ショーケースの最適設計などを実施することにより,高性能で信頼性の高い製品を短納期でお客さまに提供することを狙いとしている。

シミュレーションによるSiC トレンチ型MOSFET の特性予測

小林 勇介 ・ 木下 明将 ・ 大西 泰彦

パワーエレクトロニクス製品の省エネルギー化のために,SiC(炭化けい素)を材料に用いた半導体デバイスの開発が活発化している。SiC トレンチ型MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)は,従来の平面型に対してさらなる低損失化が可能である。富士電機では,SiC デバイス開発の効率化のためにシミュレーションを用いた特性予測を行っている。SiC は結晶面により特性が異なるため,トレンチ型では新たに用いる結晶面の特性をシミュレーションで考慮する必要がある。簡便にシミュレーションモデルとパラメータを合わせる方法を確立し,実測の再現と性能改善の予測を可能にした。

シミュレーションを用いたSiC バイポーラデバイスの開発

松永慎一郎 ・ 武井  学

ワイドバンドギャップ半導体であるSiC(炭化けい素)デバイスにおいて,13 kV を超える高耐圧を実現させるためには,バイポーラデバイスが有利とされている。富士電機は,シミュレーションの予測と実測結果との差異を解析し,パラ メータ修正を繰り返すことで予測精度の改善を行った。耐圧特性シミュレーション,順方向特性シミュレーション,スイッチング特性シミュレーションを実施し,パラメータには測定物性値を反映して界面電荷や寄生抵抗を考慮することにより,実デバイス特性をほぼ再現できた。

シミュレーションを活用したSiC デバイスの原子レベルの解析

広瀬 隆之 ・ 森  大輔 ・ 寺尾  豊

パワーエレクトロニクス機器の低損失化の必要性が高まっており,ワイドバンドギャップ半導体のSiC(炭化けい素)を使用したパワー半導体デバイスの研究開発が活発に行われている。SiC-MOSFET の電気特性は,ゲート酸化膜界面での原子レベルの乱れに起因した電荷トラップに影響される。その起源を解析するため,X 線光電子分光法による分析や第一原理計算によるシミュレーションを用いて原子レベルの解析を行った。これにより,ゲート酸化膜界面でのSi の化学状態や,界面に窒素を導入した場合の窒素による終端構造を推定することができた。

分子シミュレーションを活用した樹脂材料の密着性の解析

小笠原美紀 ・ 立岡 正明

分子シミュレーションは,材料のさまざまな特性を分子構造からコンピュータ上で評価できる技術であり,製品開発を加速させる手法として注目されている。産業機器や電気自動車などに適用領域が拡大している半導体モジュールでは,高信頼性のために部材と樹脂の密着性が重要視されており,今回,密着性を向上させる助剤について分子シミュレーションを使って解析した。2 種類の密着助剤について評価し,アルミニウムとの密着性には分子レベルの機構が関わっていることを明らかにした。

熱硬化性樹脂成形品の残留応力分布・接着界面強度解析

雁部 竜也 ・ 浅井 竜彦 ・ 岡本 健次

半導体製品をはじめ,製品の高耐熱化,高耐圧化,小型化に伴い熱硬化性樹脂で封止する製品が増えている。樹脂封止後の製品の信頼性を確保するため,現在はCAE 解析による応力解析を用い,製品の構造設計を行っている。しかし,不具合の原因となる樹脂のクラックや,樹脂と構成部材の界面剥離の予測まではできていない。そこで,熱硬化性樹脂の硬化挙動の把握,硬化後の残留応力分布の解析技術,および接着端部の距離に着目した接着界面強度の評価技術を確立した。これにより,熱硬化性樹脂による封止に対応した構造設計システムが構築でき,製品の信頼性を向上できる。

パワーエレクトロニクス機器の電磁ノイズシミュレーション技術

玉手 道雄 ・ 林 美和子 ・ 市瀬 彩子

省エネルギーや創エネルギーの核となる製品としてパワーエレクトロニクス(パワエレ)機器が広く利用されている。 しかし,パワエレ機器は通信障害や電子機器の誤動作や破損などの電磁ノイズ障害を引き起こす恐れがある。富士電機は,伝導ノイズや放射ノイズによる電磁ノイズ障害を防ぐために,シミュレーションを用いたさまざまな技術開発に取り組んでいる。発生する電磁ノイズを机上で再現することにより,解析モデルの使い分けによる製品開発への適用,規制を満足するための高精度化の検討,パワエレシステムへの適用など,シミュレーションを幅広く活用している。

製品の低騒音化を実現する流体騒音シミュレーション技術

金子 公寿 ・ 松本 悟史 ・ 山本  勉

電気機器は,近年,小型化による発熱密度の上昇に伴い,冷却のための送風量が増加して流体騒音が問題となることがある。 現象の解明や対策のための計測は困難なことが多く,シミュレーションによって多くの物理情報を得ることが課題の解決に有効である。機器の低騒音化を目指し,空冷機器の主要な騒音源となるファンに着目して流体騒音の発生メカニズムを解明するとともに,冷却構造の違いによる騒音の変化を推定した。その結果,音圧レベルやピーク周波数などにおいてシミュレーションと実測がおおむね一致した。今後,各種製品の低騒音化に向けたメカニズムの把握や構造設計への展開が可能である。

配電盤の内部アーク故障における圧力上昇の解析

浅沼  岳 ・ 恩地 俊行 ・ 外山健太郎

配電盤には,電路の開閉,電力の計測・監視などを担う重要な機器が収められており,IEC 規格では,配電盤内部でアーク放電(内部アーク故障)が発生した場合の安全性能を規定している。富士電機は,安全な配電盤を設計するために内部アーク故障時の圧力上昇と放圧性能を予測する解析技術を開発した。実機試験の結果から導出したアークモデルと放圧装置近傍の圧力損失モデルを取り込んだことで,精度の高い解析が可能になった。この解析技術を用いてIEC 規格に対応した配電盤を開発した。

オープンショーケースの省エネルギーを実現する熱流体シミュレーション技術

中島 正登 ・ 浅田  規

スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどの店舗で使われるオープンショーケースでは,前面開口部からの侵入熱が負荷の大半を占めており,省エネルギー化のためには,この熱侵入を抑えるエアカーテンの性能の向上が重要である。 エアカーテンの性能は,蒸発器の着霜の影響により時間とともに変化する。富士電機は,この現象を明らかにするための熱流体シミュレーション技術を開発するとともに,この技術を用いて新エアカーテン方式を開発した。実証機により評価した結果,従来方式に比べて30% 以上の省エネルギー化が実現できた。

射出成形の品質向上を支えるシミュレーション技術

矢島あす香 ・ 菅田 好信 ・ 横森 則晴

電気絶縁性に優れるプラスチックは,その力学的特性や性質を生かしてさまざまな製品で使用されている。富士電機では,プラスチック部品の高品質化のため,樹脂流動解析により開発の初期段階で品質や生産性に関わる問題を顕在化させ,製品・金型設計に反映している。解析結果と三次元プリンタの活用により,反りを考慮した組立性を検証し,自働組立に適した部品を短期間で開発した。非定常伝熱解析では,金型温度調節回路を最適化し,成形サイクルを大幅に短縮した。また,繊維強化プラスチックの繊維長予測に取り組み,部品の強度に影響する繊維長分布傾向を把握できるようにした。

新製品紹介

  • 静音電磁接触器「SL シリーズ」

  • アジア向け空調用インバータ「FRENIC-eHVAC シリーズ」

略語・商標

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