富士電機株式会社

Stories富士電機DNA

エピソード3. 学びの、力になった乾電池。

かつて南米コロンビアに、富士電機の乾電池が大量に輸出されていたのを、ご存知でしょうか。コーヒーの原産国として知られるこの国は、1959年当時 農村部では村の学校まで数十キロの道のりのため、約1500ある学校に学齢青少年の半分しか通うことができず、深刻な教育環境問題を抱えていました。教育の機会に恵まれないために、農業従事者全体の識字率も極めて低い状態だったのです。それを憂えて、ある青年牧師が始めたのがラジオによる農民たちの教育。しかし、電気の通っていない村では、せっかくの教育放送も聞くことができません。そこで村々の一軒一軒に、ラジオといっしょに乾電池を貸与することになったのです。そして、その乾電池として採用されたのが、富士電機の大型乾電池F611でした。なにしろ、乾電池が切れたからといっても、すぐに買いにいく店もない農村のこと。できるだけ長寿命のものを、という要望に、最低600時間は持つ性能が適い、採用されたのでした。当時乾電池としては我が国で類を見ないという大口契約で、輸出が決まったのです。

富士電機「乾電池」看板
富士電機「乾電池」看板

「もう自由に字が書けます。このラジオと電池とテキストは、ミサの御本と同じように、命から2番目に大切なものです」と語る48才の婦人。 ラジオ放送は文字教育だけでなく生活百般の指導も行っていました。テキストとノートを手に、熱心に放送に聞き入る少年少女や大人たちがたくさん見られ、コロンビアのコーヒー農園に、こうして学ぶ喜び、知識を得る楽しさが広がっていったのです。

ラジオ用乾電池
ラジオ用乾電池

さて、この乾電池の対価ですが、実はコーヒーによって支払われたという話も。コロンビアでは、原則として国産できるものは輸入できない、という規則がありました。しかし、どうしても富士電機の乾電池を、ということで、「電池は買うが、日本も自分の方のコーヒーを同金額買ってほしい」という申し出があったのです。乾電池による教育支援だけではなく、現地産業の発展にも寄与する事業になったと言えるでしょう。現在は、カンボジアやインドネシア、ベトナムなどに対する教育用機材の提供や技術セミナー開催などの技術者育成支援の取り組みにより、教育だけでなく、途上国の産業発展に協力しています。