富士電機技報
第89巻第4号(2016年12月)

特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体

特集 エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体

企画意図

地球温暖化の原因となるCO2の排出量を抑制するためには,太陽光発電や風力発電に代表される再生可能エネルギーの利用,エネルギー変換効率の向上,HEV・EVなどの電動化車両を導入することが有効な対策となります。そこで重要になるのが,電気エネルギーを制御するパワーエレクトロニクス技術です。富士電機は,パワーエレクトロニクス装置の圧倒的な小型化や効率向上に寄与するパワー半導体を開発し,製品化しています。
本特集では富士電機のパワー半導体について,最新の技術および製品を紹介します。

〔特集に寄せて〕SiC-MOSFET の本格的な普及を期待して

赤木 泰文
東京工業大学 工学院 教授 工学博士

〔現状と展望〕パワー半導体の現状と展望

藤平 龍彦 ・ 宝泉  徹 ・ 栗原 俊治

省エネルギー化,高効率化,CO2排出量抑制などの世界的なニーズを背景に,これらを実現するパワーエレクトロニクス技術に大きな期待が寄せられており,そのキーデバイスであるパワー半導体の市場規模は拡大していくと予測されている。産業機器向けでは,太陽光発電や風力発電などの新エネルギー分野や,データセンターなどの無停電電源装置の分野などで成長が見込まれている。また車載用途では,ハイブリッド自動車や電気自動車のインバータに加え,DC/DCコンバータ,センサ,電子スイッチなど,電装化が進むにつれて搭載されるパワー半導体の数も増加していくと考えられる。
本稿では,パワー半導体の技術動向を紹介するとともに,富士電機の技術開発状況について述べる。

1.2 kV SiC トレンチゲートMOSFET

辻   崇 ・ 岩谷 将伸 ・ 大西 泰彦

富士電機は,これまでSiC プレーナゲートMOSFET を開発し,製品化している。プレーナゲートMOSFET は過度に微細化するとJFET 抵抗が増加し,理論的限界に迫る低オン抵抗にできない。一方,トレンチゲートMOSFET にはこのような問題がなく,微細化するほどオン抵抗を低減することができる。そこで,1.2 kV SiC トレンチゲートMOSFET を開発した。セルピッチの縮小やMOS チャネル長の最適化を図るとともに,JFET 領域の構造を最適化した。これにより従来と比較して,スイッチング損失を低減するとともに,しきい値電圧を2.4 倍高くでき,オン抵抗を48% 低減することができた。

All-SiC 2 in 1 モジュール

蝶名林幹也 ・ 大友 良則 ・ 唐沢 達也

防じん防水型の高性能コンパクト型IP65 対応インバータを実現するため,SiC デバイスを用いたAll-SiC 2 in 1 モジュールを開発した。SiC デバイスは,Si デバイスに比べてスイッチング損失を大幅に低減できるが,これを用いるためには,モジュール内部の配線インダクタンスを低減するとともに,高温動作を保証する高い信頼性のパッケージ技術が必要である。富士電機は,これらを解決するために新構造のパッケージを開発した。IP65 対応インバータは,Si デバイスを用いた従来のインバータに比べて主回路の損失を44% 低減した。

All-SiC モジュールの高耐圧化

日向裕一朗 ・ 谷口 克己 ・ 堀  元人

現在,耐圧が1 kV 程度の分野で普及が進んでいるSiC デバイスは,ハイブリッド自動車や電気自動車などの信頼性が強く求められる分野,および鉄道などの耐圧が3~10 kV の高耐圧の分野に採用が見込まれている。富士電機は,銅ピン接続と樹脂封止からなる新構造のパッケージを開発し,All-SiC モジュールの高耐圧化を実現した。電界シミュレーションや熱解析の結果を基に,絶縁基板における電極の位置や厚みを最適化することにより,電界強度の緩和と放熱性を両立させている。

All-SiC モジュール用封止樹脂の高耐熱性化

仲俣 祐子 ・ 立岡 正明 ・ 市村 裕司

175 ℃で動作する従来のSi デバイスに比べてSiC デバイスは200 ℃以上の高温動作が可能であり,SiC デバイスの普及のためには,パワーデバイスを構成する封止樹脂に,さらなる高耐熱性が要求されている。SiC デバイスが持つ性能を最大限に発揮させるAll-SiC モジュールにおいて,耐熱寿命を延ばすこと,耐トラッキング性能を向上させることなどによって封止樹脂の高耐熱性化を行い,200 ℃以上の連続動作が可能であることを確認した。

第7世代「X シリーズ」IGBT モジュール「Dual XT」

吉田 健一 ・ 吉渡 新一 ・ 川畑 潤也

電力変換装置に対する小型化,低損失化,高信頼性化の要求に応えるため,第7世代「X シリーズ」IGBT モジュールの系列において定格電流を拡大した「Dual XT」(X シリーズDual XT)を開発した。X シリーズDual XT は,半導体チップの特性の改善によって電力損失が低減するとともに,パッケージ構造の改善によってパッケージ通電能力が向上した。また,ΔT j パワーサイクル耐量の向上と絶縁用シリコーンゲルの耐熱性の向上により,連続動作時接合温度T jop=175 ℃を実現した。このパッケージサイズで業界初となる1,200 V/800 A 定格の製品である。

第7世代「X シリーズ」産業用RC-IGBT モジュール

山野 彰生 ・ 高橋 美咲 ・ 市川 裕章

近年,IGBT モジュールには,小型化,低損失化,高信頼性化が強く求められている。これに応えて,富士電機は,IGBT と還流ダイオードFWD をワンチップ化したRC-IGBT(Reverse-Conducting IGBT:逆導通IGBT)を適用し,産業用RC-IGBT モジュールを開発した。さらに,第7世代「X シリーズ」の技術を適用して最適化することにより,損失と熱抵抗の大幅な低減および高信頼性化を行った。これらの技術革新により,従来のIGBT とFWD の組合せでは困難であった定格電流の拡大,高パワー密度化および小型化を達成した。

第2世代小容量IPM の系列化

手塚 伸一 ・ 鈴木 啓久 ・ 白川  徹

モータドライブ機器向けに,第2世代小容量IPM の定格電流20 A 品と30 A 品を新たに系列に加えた。IGBT は第7世代IGBT チップ技術をベースとし,FWD はドリフト層の厚さとライフタイム制御を最適化することにより,低ノイズ・低損失化を実現するとともに,デバイスの温度上昇を大幅に低減した。適用先として想定される標準的な冷房能力14 kW のパッケージエアコンの最大負荷時の温度上昇シミュレーションにおいて,第1 世代小容量IPM に比べて約11 ℃低下しているため,機器の許容出力電流の拡大も可能となる。

RC-IGBT を搭載した車載用第3世代直接水冷型パワーモジュールの高速動作化

高下 卓馬 ・ 井上 大輔 ・ 安達新一郎

富士電機は,薄型化したRC-IGBT(逆導通IGBT)を搭載し,高速動作化したパッケージ構造の車載用第3世代直接水冷型モジュールを開発した。IGBT とFWD をワンチップ化したRC-IGBT の適用により,ターンオン,ターンオフ時のスイッチング速度の増加を実現した。また,寄生インダクタンスは,RC-IGBT と内部レイアウトの最適化により従来パッケージに対して50% 減少させた。さらに,重畳サージ電圧は三相それぞれにPN 端子対を持つパッケージ構造とすることで減少させた。これらの技術により,第3世代のモジュールのスイッチング損失は第2世代のモジュールに対して30% 減少した。

RC-IGBT を搭載した車載用第3世代直接水冷型パワーモジュールの高機能化

佐藤憲一郎 ・ 榎本 一雄 ・ 長畦 文男

富士電機は,ハイブリッド自動車や電気自動車向けに,車載用第3世代直接水冷型パワーモジュールを開発した。車載用パワーモジュールには,低損失化と小型化が求められている。水冷フィンとカバーを一体化したアルミニウム製ウォータージャケットとフランジ構造の冷媒出入り口を採用し,放熱性を改善した。また,IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)とFWD(Free Wheeling Diode)を一体化したRC-IGBT(逆導通IGBT)を適用し,同じ活性面積で20% の電力損失を低減した。これらにより,パワーモジュールの低損失化と小型化を実現した。

車載用ハイサイド 2 in1 IPS「F5114H」

森澤 由香 ・ 鳶坂 浩志 ・ 安田 貴弘

近年,安全,環境,省エネルギーをキーワードに,自動車分野での電子制御化が進んでいる。電装システムに使用される半導体製品には,これらのキーワードに加え,小型化,高信頼性化の要求がある。富士電機は,さらなる小型化を目的として車載用ハイサイド2 in 1 IPS「F5114H」を開発した。SOP-8 パッケージと同じ外形寸法のSSOP-12 パッケージに,従来品と同等の機能を持ったチップを2 個搭載し,1 チャネル品と同等の実装面積で2 チャネル化を実現した。また,高温の環境で使用可能な高信頼性ワイヤを採用した。これらにより,ECU(Electronic Control Unit)の大幅な小型化を可能にした。

車載用第2世代SJ-MOSFET「Super J MOS S2A シリーズ」

田平 景輔 ・ 新村  康 ・ 皆澤  宏

ハイブリッド自動車などの環境対応車における燃費の向上や電力変換機器の小型化要求を受け,パワーMOSFET には小型で低損失,低ノイズの製品が求められている。富士電機は,スーパージャンクション構造を採用し,低オン抵抗と低スイッチング損失を実現した車載用「Super J MOS S1A シリーズ」を開発し,量産化してきた。今回,導通損失を低減し,かつスイッチング損失とターンオフスイッチング時の跳ね上がり電圧のトレードオフを改善した車載用第2世代SJ-MOSFET「Super J MOS S2A シリーズ」を開発した。本製品の適用により,電力変換機器の高効率化や小型化に貢献できる。

高効率電源用の臨界モードPFC 制御IC「FA1A60N」とLLC 電流共振制御IC「FA6B20N」

園部 孝二 ・ 矢口 幸宏 ・ 北條 公太

電子機器に用いられる比較的大きな容量のスイッチング電源には,高調波電流を抑える力率改善(PFC)回路が必要であり,また,低ノイズ化に有効なLLC 共振電流回路が広く使用されている。富士電機は,これまでの技術を継承しつつ新たな機能を追加した,臨界モードPFC 制御IC「FA1A60N」とLLC 電流共振制御IC「FA6B20N」を開発した。これらのIC を組み合せて適用することで,電源システムにおける,軽負荷時の効率向上,低待機電力,および電源部品の削減によるシステムのコストダウンが可能になる。さらには,従来製品ではできなかった電源アダプタへの適用が可能である。

高速ダイオードを内蔵した第2世代低損失SJ-MOSFET「Super J MOS S2FD シリーズ」

渡邉 荘太 ・ 坂田 敏明 ・ 山下 千穂

エネルギーを効率的に利用するために,電力変換機器にはよりいっそうの高効率化が求められており,搭載されるパワーMOSFET には,小型で低損失と低ノイズの製品が求められている。富士電機は,これまでにオン抵抗を低減し,かつターンオフスイッチング損失と跳ね上がり電圧のトレードオフを改善した製品を開発し,量産化してきた。今回,内蔵ダイオードを高速化して逆回復耐量を向上させ,低損失で使いやすい第2世代低損失SJ-MOSFET「Super J MOS S2FD シリーズ」を開発した。本製品を使用することで,電力変換機器の効率向上や小型化が期待できる。

新製品紹介

  • 屋外型555 kVA パワーコンディショナ「PVI600BJ-3/555」

  • 「MICREX-SX シリーズ」のモーションコントローラ「SPH3000D」

  • 縮小型72-145 kV ガス絶縁開閉装置「SDH714」

  • 冷凍保冷庫「WALKOOL(フローズン)」

略語・商標

本誌に記載されている会社名および製品名は、それぞれの会社が所有する商標または登録商標である場合があります。著者に社外の人が含まれる場合、Web掲載の許諾がとれたもののみ掲載しています。