富士電機技報
第92巻第4号(2019年12月)

特集
エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体

特集 エネルギーマネジメントに貢献するパワー半導体

企画意図

国際社会では,持続可能な開発目標であるSDGsや地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が採択され,経済成長と社会・環境課題の解決の両立に向けて,企業にも積極的な行動が求められています。富士電機も,パリ協定に基づく日本の地球温暖化対策計画などを踏まえ,社会・環境課題の解決に取り組んでいます。富士電機が開発し,製品化するパワー半導体は,エネルギーの安定供給,自動化,省エネルギーといった重要な価値を創出するパワーエレクトロニクス機器におけるキーデバイスです。本特集では,富士電機のパワー半導体について,最新の技術および製品を紹介します。

〔特集に寄せて〕エネルギーマネジメントを可能にするパワー半導体

BOROYEVICH, Dushan, Ph.D. (Engineering)
バージニア工科大学ブラッドリー電気コンピュータ工学部特別教授

〔現状と展望〕パワー半導体の現状と展望

藤平 龍彦 ・ 宮坂 忠志 ・ 井川  修

世界のエネルギー消費量は増加の一途をたどっており,国際社会では,持続可能な開発目標であるSDGsや地球温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が採択され,経済成長と社会・環境課題の解決の両立に向け,企業にも社会の一員として積極的な行動が求められている。富士電機は,サプライチェーン全体で社会・環境課題の解決に取り組んでいる。その中でも富士電機が開発し,製品化しているパワー半導体は,エネルギーの安定供給,自動化,省エネルギー(省エネ)といった重要な価値を創出するパワーエレクトロニクス(パワエレ)機器におけるキーデバイスである。
本稿では,パワー半導体の製品および技術の現状と展望について述べる。

第7世代「X シリーズ」IGBT-IPM

皆川  啓 ・ 森  貴浩 ・ 大瀬 智文

インバータをさらに小型化・低損失化・高性能化するため,第7世代「X シリーズ」IGBT-IPMを開発した。本製品は,最新の第7世代「X シリーズ」チップと新制御ICの適用により,従来品に比べて約7%以上の発生損失低減と150℃での連続運転を実現した。これにより,装置の出力電流を約31% 増加できる。また,従来の保護機能に加えて温度ワーニング機能を内蔵することにより,装置の動作停止を回避できるようになった。さらに,下アームの保護動作時においてブレーキ部が独立して動作するので,半導体素子の過電圧破壊を防ぐことができる。

第2世代SiC トレンチゲートMOSFET

奥村 啓樹 ・ 木下 明将 ・ 岩谷 将伸

富士電機は,低炭素社会の実現に寄与するために種々のパワーエレクトロニクス機器を市場に展開している。さらなる省エネルギー化に貢献するために,第2世代SiCトレンチゲートMOSFETを開発した。デバイスの微細化,SiC基板の薄化と移動度向上により第1世代SiCトレンチゲートMOSFETに比べて23%のオン抵抗を削減した。また,ゲート推奨駆動電圧を15Vに引き下げて,使いやすさも向上した。さらに,SiC-MOSFETの信頼性上の課題であるゲートバイアスによるゲートしきい値電圧の変動と,ボディダイオード通電による特性劣化(オン抵抗上昇)がないことを確認した。

第2世代SiC トレンチゲートMOSFET 搭載
All-SiC モジュール

岩﨑 吉記 ・ 奥村 啓樹 ・ 金子 悟史

All-SiCモジュールは,Si-IGBT モジュールよりも大幅に低損失化が可能である。富士電機は,これまで独自の新構造パッケージにてAll-SiCモジュールを市場展開してきた。今回,さらなる製品系列拡大のため,従来のSi-IGBTモジュールと外形および端子配置の互換性を確保したパッケージに,第2世代SiCトレンチゲートMOSFETを搭載したAll-SiCモジュールを開発した。これにより,インバータ発生損失を78%低減でき,出力電流の拡張による電流密度の増大ならびにパワエレ機器のさらなる小型化に寄与できる。

車載エアコン用 IPM

手塚 伸一 ・ 傳田 俊男 ・ 田村 隆博

富士電機は,自動車用エアコンの電動コンプレッサ向けに,三相インバータ回路と制御回路,保護回路を集積した車載エアコン用IPMを開発した。本製品は,「Xシリーズ」IGBTチップ技術とFWDチップ技術をベースに,車載用として最適化した低損失,低ノイズデバイスを採用した。これにより,定格600V/30A製品を自動車用エアコンの電動コンプレッサの制御に使用した結果,キャリア周波数20kHzによる駆動において,ターンオフ時のサージ電圧を抑制しつつ,トータル損失を約2%低減できた。

xEV 向け第4世代アルミニウム直接水冷パッケージ技術

井上 大輔 ・ 玉井 雄大 ・ 小山 貴裕

近年,自動車業界では,ハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)の開発と普及が加速しており,燃費向上につながる小型・軽量化,低損失化かつ高出力化したパワーモジュールが求められている。富士電機は,高放熱冷却器設計技術および半導体素子上の主回路配線を従来のアルミニウムワイヤからリードフレームに置き換える技術を開発した。車載用第4世代直接水冷モジュールに,この高放熱冷却器設計技術の向上に加え,リードフレーム配線技術を適用したことで,第3世代直接水冷モジュールに対して,フットプリント削減と低背化により,体積当たりの電力密度を36%向上した。

xEV 向けDC/DC コンバータ用モジュール

草刈 伸治 ・ 北村 祥司 ・ 香月  尚

米国のZEV(Zero Emission Vehcle)規制や,日本,欧州,中国におけるCO2 排出規制の強化に伴い,ハイブリッド自動車などの電動車(xEV)の市場は世界規模で急速に拡大している。富士電機は,産業用の小容量モジュールで培った技術を応用して,xEV向けDC/DC コンバータ用モジュールを開発した。本開発品は,フルブリッジ方式向けの回路構成とし,一次側にスーパージャンクション構造のパワーMOSFET,二次側にSBDを搭載することにより,車載向けモジュールとしての安全性を確保し,DC/DCコンバータシステムの実装面積を40% 低減した。

1,200 V ディスクリートIGBT 「XS シリーズ」

原  幸仁 ・ 加藤 由晴 ・ 田村 隆博

スイッチング周波数20kHz程度で使用されるUPS や太陽光発電用PCS 向けに,導通損失とスイッチング損失のトレードオフ特性を改善したディスクリートIGBTを開発し,製品化した。定格は1,200V/40A,75Aであり,従来品に対してターンオフスイッチング損失を約6%,コレクタ・エミッタ飽和電圧を0.55V低減し,トレードオフ特性を20%以上改善した。3レベルインバータT-typeの模擬回路において,ディスクリートIGBTのケース温度を測定した結果,従来品に比べてケース温度が2.4から3.4℃低くなることを確認した。

第4世代LLC 電流共振IC 「FA6C00 シリーズ」

小林 善則 ・ 田中 公徳 ・ 森本 敏光

近年,電子機器に用いられるスイッチング電源には効率向上とシステムのコストダウンが求められている。富士電機は,軽負荷時の効率改善,電源部品削減を実現する第4世代LLC電流共振制御IC「FA6C00シリーズ」を開発した。数W から数十Wの軽負荷領域に高周波バースト制御を採用し,従来から約10%効率が向上した。また,共振電流位相比制御の採用により,出力応答特性を向上することで位相補償部品を従来から7点削減した。本ICの適用により,75から300W程度のLED照明用電源や産業用の標準電源,液晶テレビなどの民生用の電源の高効率化とシステムのコストダウンが可能である。

第7世代車載用高圧センサ

芦野 仁泰 ・ 西川 睦雄 ・ 上野 文也

現在,自動車には,燃費の向上や環境規制,安全規制への対応が強く求められている。富士電機は今後さらに厳しくなるこれらの規制に対応するため,第7世代車載用高圧センサを開発した。高温,高圧の環境で使用されるため,ステンレスダイヤフラム方式の新パッケージ構造により耐圧性能を向上させ,新たに開発したデュアルゲートMOSトランジスタの採用により高温特性を改善したセンサチップと組み合わせた。これにより対応できる圧力範囲を広げ,150℃での動作保証と高精度化を実現した。

透過型偏光顕微鏡を用いたSiC 基板の結晶欠陥評価

竹中 研介 ・ 俵  武志 ・ 加藤 智久

単結晶4H-SiC基板は,シリコン基板と比較すると結晶欠陥密度は依然として高く,その評価が重要である。非破壊での結晶欠陥の評価方法として,大型放射光施設による放射光X 線トポグラフィが主に用いられるが,施設の利用自体が簡単ではない。そこで,非破壊で簡便にSiC基板の結晶欠陥を評価する方法として,透過型偏光顕微鏡を用いて結晶転位により発生した結晶内部ひずみを観察する手法を検討した。放射光X 線トポグラフだけでは解析が困難な結晶転位のより詳細な評価,市販のSiCエピタキシャル基板の受入検査方法,SiCデバイス製造工程中の検査方法としての活用が期待できる。

新製品紹介

電鉄向け大容量パワーモジュール 「HPnC」

三友  啓 ・ 市川 裕章 ・ 原田 孝仁

近年の地球温暖化対策の観点から,エネルギー効率の改善とCO2排出量の削減が求められている。そのような中,さまざまな分野にパワー半導体を用いた電力変換装置が広く使われるようになっている。特に,電鉄分野をはじめ,風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギー分野においても,装置の大容量化かつ小型化が進んでいる。そのため,これらの装置に搭載される大容量IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)モジュールに,並列接続による大容量化への対応やさらなる高電流密度化による小型化が要求されている。
これらの市場要求に応えるため,新規パッケージ(M292)に第7世代「X シリーズ」チップを搭載した,大容量パワーモジュール「HPnC」(High Power next Core)を開発した。

産業機器向けAC-DC 電源 「FIP06 シリーズ」

多和田信幸 ・ 小口 博之 ・ 橋爪 真悟

近年,各業界の慢性的な労働力不足に対応するため,生産ラインのロボットや,サービス業の自動チェックイン・アウト機など,産業用機械の導入が加速している。多種多様な機械が増加することに伴い,電力を供給する電源機器にも多様な出力仕様が求められている。
富士電機は,これらのニーズに応えるため,お客さまが自由に出力数とその電圧を選定できるAC-DC電源としてマルチ出力電源「FIP06 シリーズ」を製品化した。

高信頼二重化コントローラシステム
「MICREX-SX SPH5000H」

下川 孝幸 ・ 高橋真規子

監視制御システムは,設備の稼動状況や異常などを示す。管理者はモニタの情報を基に,監視制御システムを通じて設備や機器の動作指示を行う。また,このコントローラは,モニタに表示するための情報をはじめ現場の設備や機器からさまざまな情報を収集し,管理者の指示に従って適切にプログラムを実行する。
社会を支えるインフラ設備である水処理施設などのインフラ設備は,1年を通じて24時間の連続稼動が求められる。わずかな時間の稼動停止は提供するサービスに支障を来し,事業者にとって多大な損失にもつながる。設備が止まることを避けるためには,高い信頼性を備えた監視制御システムが求められている。
富士電機は,このような市場要求に応えるため,統合コントローラ「MICREX-SX シリーズ」の新CPUモジュールとして,システムを二重化することで信頼性を高めたコントローラ「MICREX-SX SPH5000H」を開発した。

略語・商標

本誌に記載されている会社名および製品名は、それぞれの会社が所有する商標または登録商標である場合があります。著者に社外の人が含まれる場合、Web掲載の許諾がとれたもののみ掲載しています。