富士電機技報
第97巻第4号(2025年2月)

特集  脱炭素社会の実現に貢献するパワー半導体

特集  脱炭素社会の実現に貢献するパワー半導体

企画意図

世界的に、地球温暖化の要因である温室効果ガスの排出削減に向けた取組みが強化される中、富士電機は、“豊かさへの貢献”“創造への挑戦”“自然との調和”を経営理念に掲げ、エネルギー・環境事業でSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)に貢献する企業として、脱炭素社会の実現に向けた新製品・新技術の創出に力を入れています。
本特集では、脱炭素社会実現のキーデバイスであるパワー半導体について、自動車の電動化や太陽光・風力発電を代表とする再生可能エネルギー向けの新製品、およびパワーエレクトロニクス機器の高効率化と高信頼化を実現する新技術を紹介します。

〔特集に寄せて〕
脱炭素社会の実現に向けたパワー半導体への期待

藤田 英明
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授

〔現状と展望〕
脱炭素社会の実現に貢献するパワー半導体

大西 泰彦・宮坂 忠志・井川 修

温室効果ガスの排出削減に向け、太陽光・風力発電を代表とする再生可能エネルギーの導入や自動車の電動化、パワーエレクトロ二クス機器の高効率化などによるCO2排出量の削減を実現するためのキーデバイスとして、パワー半導体への期待が高まっている。富士電機は、その代表素子であるIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)や炭化けい素(SiC)を用いたMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)を中心にさらなる高効率化、小型化、高信頼化などのニーズに応える製品を市場に提供している。また、高耐圧のGaN縦型MOSFETや腐食環境下における高耐久化などの技術開発にも取り組んでいる。

軽・小型xEV向け直接水冷IGBTモジュール「M682」

神谷 将英・新井 伸英・安達 新一郎

温室効果ガスの排出削減に向け自動車の電動化が進んでおり、大型車に加え、軽自動車や小型車も電動化が進みつつある。そこで富士電機は、軽・小型車のモータ出力容量帯50~100kWクラスに適したIGBTモジュール「M682」を開発した。冷却器はCuベースプレートを直接冷却する直接水冷構造とし、流路に配置するリブの形状と配置を最適化することにより、小型で低圧力損失、低熱抵抗を実現した。本冷却器とチップの組み合わせを変えることにより同一パッケージでモータ出力容量帯50kW、75kW、100kWに対応可能とし、また、従来製品より10%の小型化を実現した。

産業向けHPnCパッケージ2,300V All-SiCモジュール

可児 知之・内田 貴史

温室効果ガスの排出量削減のため、再生可能エネルギーの普及が加速しており、電力変換装置に使用されるパワー半導体にはさらなる発生損失の低減と電流密度の向上が求められている。この要求に応えるため富士電機は、DC1,500Vの電力変換装置の2レベル回路に適した定格電圧2,300VのAll-SiCモジュールを開発した。第3世代SiC-MOSFETチップを大容量に適したHPnCパッケージに搭載することにより、電力変換装置に搭載時の発生損失を従来品に対して50%低減した。また、設置面積を68%減少し、電流密度を約3倍に向上した。

産業向けStandard 2-Pack「M276」の系列拡大

小林 佑斗・鄭 茂・各川 敦史

温室効果ガス排出量の削減に向けて再生可能エネルギーの導入が拡大し、太陽光パネルとPCSに加え、ESSを組み合わせた太陽光発電システムの設置が進んでいる。富士電機は、中容量の太陽光発電システムで使用される3レベル方式のPCSとESSに適した定格1,200VのIGBTモジュールStandard 2-Pack「M276」の最大定格電流を800Aに拡大した。絶縁基板を2枚構成としてチップ搭載エリアを35%拡大するとともにチップサイズを最適化し、同一外形寸法で定格電流を増大したことにより、従来品に対し、PCS適用時に38%、ESS適用時に17~18%の出力電流増大が可能となった。

パワーデバイスの温度検出IC技術

浅野 大造・赤羽 正志・岩本 基光

近年、AIやIoTを活用した工場のスマート化が加速しており、システムのダウンタイムを最小化するため、パワエレ機器には予知保全が求められている。パワエレ機器の故障原因の一つとしてパワーモジュールの寿命があり、その予測にはパワーデバイスの温度を正確に検出する必要がある。そこで富士電機は、パワーモジュールに内蔵する温度検出ICを開発した。ノイズの影響を最小化するため温度信号をデジタル信号に変換するとともに、温度依存性が低くIC内部のノイズの影響が小さい回路とすることにより、温度検出範囲-40~+200℃にて、温度検出精度±3℃を実現した。

パワーモジュールの硫化腐食評価技術

武田 真理子・伊藤 秀昭・君島 大輔

パワーモジュールを過酷な腐食環境下で使用すると、硫化腐食を起因とした短絡が発生することがある。富士電機は、過酷な環境下でも使用可能な製品の開発に向け、腐食メカニズムに基づいた硫化腐食評価技術を構築した。電圧印加条件やガス種、基板種の影響について検討し、硫化腐食の加速試験条件として、印加電圧は交流(AC)、ガス種はMFG(Mixed Flowing Gas)が適していることを明らかにした。これにより、実使用環境での腐食形態を模擬するとともに、ISA-71.01規格に基づく試験環境に対し79倍に加速して腐食速度を評価可能となった。

高耐圧GaN縦型MOSFET技術

田中 亮・近藤 剣・高島 信也

富士電機は、SiC-MOSFETに続く次世代パワー半導体として期待されているGaN縦型MOSFETの開発を進めている。今回、AlN保護膜でGaN表面を被覆し1,300℃で熱処理を行うことにより、GaNの熱分解を抑制しつつ、注入したドーパントの活性化と注入により生じた結晶欠陥の除去を可能とした。また、プラズマCVD法によりGaN表面が平坦なMOS界面を作製することができ、これらを組み合わせることにより、耐圧1,200VのGaN縦型MOSFETを実現した。オン抵抗はSiC-MOSFETの半分程度であり、高耐圧で低抵抗なGaN縦型MOSFETを実証した。

パワーエレクトロニクス設計を加速する高精度シミュレーション技術

坂井 琢磨・湯川 文夫・ヒュー バオチョン

パワエレ機器の高性能化と開発期間の短縮に向け、富士電機は、高精度なIGBTシミュレータを提供している。本シミュレータは、回路構成とPWM制御方式を選定しパラメータを入力することにより、デバイスの損失と温度を出力する。今回、寿命計算機能を開発した。デバイスの熱疲労の原因となる温度変化を高速に算出し、その大きさと発生回数をレインフロー法によりカウントしてアレニウスの式に適用することにより、実使用温度に即した高精度なパワーサイクル寿命の推定を実現した。これにより、過剰なマージンを削除した適切な設計が可能となった。

略語・商標

富士電機技報 vol.97 2024 年 総目次

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