富士時報
第77巻第2号(2004年3月)

最近の研究開発動向

古庄  昇

1990年以降のグローバリゼーションの進展に伴い,国内市場および海外市場での競争が激化し,日本の製品の優位性が揺らいできている。この状況を打破するためには,競合相手に対して圧倒的優位に立てる製品を提供していく必要があり,それを実現するための研究開発は企業の生命線である。富士電機アドバンストテクノロジー(株)は,新製品投入による基盤事業の拡大,インキュベーション機種・新規事業の早期事業化,基礎研究の充実による継続的な発展の礎作りに注力している。

有機電子材料を用いた双安定性素子

川上 春雄・加藤 久人・山城 啓輔

有機電子材料を用いた双安定性素子を開発中である。本素子では一つの電圧に対し二つの安定な電気抵抗が存在し,高密度記録媒体や有機EL(Electroluminescence)の駆動素子への適用が有望である。これに用いる独自の有機双安定性材料を開発し,有機双安定性材料層を金属電極で挟んだ単純な構造で,高い電流密度を実現した。さらに,これらの材料と,新規界面層を設けた素子構造の適用により,この技術では世界最高の駆動電圧(20V)を達成した。

環境調和型材料の開発

渡邉 裕彦・管野 敏之・古川 雅晴

EUのWEEE指令「使用済み電気・電子機器に関する指令」による回収,リサイクルへの対応やRoHS指令「有害物質の使用禁止指令」による6物質(鉛,水銀,カドミウム,六価クロム,特定臭素系難燃剤2種)の電気電子機器への使用禁止期日がそれぞれ2005年8月13日,2006年7月1日に決定した。富士電機では環境調和型材料の開発に積極的に取り組んでおり,この規制に対応した材料開発のうち,成形樹脂用反応型ノンハロゲン難燃化技術の開発と電子機器に使用されている鉛を使用しない,鉛フリーはんだ材料の2テーマについて,その取組みと特徴について紹介する。

コンビナトリアル成膜による誘電体薄膜材料の高速合成

米澤 喜幸・小西 義則・清水 了典

薄膜キャパシタなど,酸化物薄膜デバイス応用を念頭におきながら,誘電体薄膜の高性能化の研究を進めている。キャパシタ応用を考えた場合,目標値は非鉛系材料で高比誘電率(>1,200)と,高耐圧(>1 MV/cm)を両立させなくてはならない。現在,富士電機では,従来の非鉛系材料の高誘電率化とともに新規誘電体材料SnTiO3,電荷移動型誘電体などの開発を行っているが,このような材料探索には材料合成のみならず,その評価も合わせて大きな労力と時間がかかる。これを解決する方法として,20年を3か月に短縮するといわれる,コンビナトリアル成膜法を利用した超高速材料スクリーニング技術が提唱されている。本稿ではコンビナトリアル成膜法の概要と富士電機における導入および応用について述べる。

新型半導体素子とトレンチ加工技術

長安 芳彦・藤島 直人・望月 邦雄

トレンチ(溝)構造を用いることによりシリコン基板を立体的に活用して,業界トップの低出力オン抵抗を示す700Vクラス高耐圧横型MOS技術を開発した。高アスペクト比を有する深い(20μm)ストライプ状トレンチを形成し,斜めイオン注入でオフセットドレーン領域をトレンチに沿って設け,酸化・CVDによって絶縁膜を形成した独自の製造方法で集積度を高めた。これにより,従来と比べて出力オン抵抗を約3割低減した業界トップの11Ωmm2(素子耐圧750V)を実現した。

垂直磁気記録膜の構造制御

竹野入俊司・酒井 泰志・渡辺 貞幸

垂直磁気記録媒体の実用化に向けた開発が活発化しているが,中でも富士電機が採用しているCoPtCr-SiO2を磁性層とするグラニュラ媒体は200Gビット/in2を目指す高密度記録媒体として有望である。一方,優れた媒体を得るためには,磁性結晶粒の均一化・微細化および磁気的な分断が必要である。本稿では,下地層にRuを用いたCoPtCr-SiO2媒体において,Ruの結晶粒径や表面構造を制御することにより,磁性結晶粒の粒径や磁気的な分離構造を制御した例について紹介する。

微生物の迅速検査技術

野田 直広・浅野 貴正・北出雄二郎

食品や製薬など多くの分野で,微生物の迅速検査が求められている。今回,迅速簡便な微生物検査技術としてマイクロコロニー法を検討した結果,食中毒原因菌をはじめ,耐熱性細菌,真菌などの汚染原因菌を検出できることが分かった。検出時間を従来の培養法に比べて大幅に短縮できるほか,マイクロコロニーの形状から微生物種を判別することが可能であった。また,コロニーの検出は自動装置によって迅速簡便に行える見通しが得られた。

トップエミッション型CCM方式有機EL

木村  浩

CCM(Color Conversion Materials)方式でアクティブマトリックス駆動を可能にするトップエミッション構造を解説する。対向スパッタ装置を用いたトップエミッション上部透明陰極作製方法,および光学シミュレータを利用した素子構造の光学設計法について説明する。また,CCM基板とトップエミッションデバイスをはり合わせたプロトタイプデバイスについても紹介する。

無線設計技術と非接触ICカード

近藤 史郎・四蔵 達之

非接触ICカードアプリケーションが急速に広まりを見せている。それに伴いさまざまな特性のカードや,カード用チップを内蔵したリストバンド,時計,携帯電話などの異形媒体が市場に投入されつつあり,これら多様なメディアとリーダライタ(RW)との相互接続性確保が重要な課題となっている。本稿では,非接触ICカードの無線通信技術に焦点をあててその課題と富士電機の取組みについて紹介する。主にデータリンク層と物理層の設計思想から,具体的な開発・設計手法までを解説する。

最新の最適化手法とソリューションの展開

北川 慎治・竹中 道夫・福山 良和

本稿では,富士電機で研究開発している最新の最適化手法とそれを利用したソリューションの展開について紹介する。最適化手法としては,メタヒューリスティク手法および非線形システムの安定性理論に基づく手法を開発してきており,これらの技術により運用コスト最小化,制御品質最良化,機器最小化などのさまざまな顧客ソリューションを実現可能である。一例としてエネルギープラント最適運用におけるセンサ診断を示した。今後も顧客ソリューションを実現するべく,最適化技術の研究開発を進めていく。

マトリックスコンバータを利用した高効率電力変換

伊東 淳一・小高 章弘・佐藤以久也

マトリックスコンバータは交流電源から任意の交流電圧を直接変換するため,インバータに比べ変換効率が高い。また,直流中間部の電解コンデンサが不要であり,小型,長寿命などの特徴を持つ。富士電機では,マトリックスコンバータを実用化する新技術を開発した。本稿では,(1)低損失で交流スイッチを実現する逆阻止IGBT,(2)小型化,高効率化を可能とする保護技術,(3)従来のインバータ制御が容易に適用できる仮想AC-DC-AC方式による制御技術,について紹介する。

蒸気タービンロータの異種材料溶接技術

今村 清治・和泉 栄・飯塚 実

蒸気タービンの高温・高圧部と低温・低圧部のロータには,それぞれ使用条件に適した機械的特性を有する材料が用いられる。富士電機では,この両者のロータを溶接によって一体化する異種材料の狭開先溶接技術を開発した。実機サイズのロータを試作し,狭開先部の初層裏波溶接および多層溶接を実施し,さらに溶接部の非破壊試験,機械的特性試験など一連の検証試験を行った。また,地熱用ロータ翼溝部の補修技術として肉盛溶接(異種材料の溶接)技術も開発した。今後は製品としての1ケーシング再熱・非再熱タービンへの適用および地熱ロータ補修への適用を図る。

放射光X線によるナノレベル結晶構造解析

田沼 良平・久保登士和・大沢 通夫

放射光施設SPring-8に13社で設置した産業用専用ビームラインを利用して,Siのトレンチ加工に伴う微小領域のひずみ解析および磁気記録媒体の極薄膜の結晶構造解析について報告する。前者については,X線をフレネルゾーンプレートで拡大することにより1μm以下の空間分解能で10-5のひずみ測定に成功した。後者については,微小入射角X 線回折法により0.8nmのRu層の結晶構造解析および20nmのhcp磁性層中のfcc相検出を実現した。SPring-8の利用によりナノレベルの結晶構造解析が可能となった。

エッチングプロセスのシミュレーション技術

金子 公寿

半導体製造分野のエッチングプロセスにおけるシミュレーション技術を開発したので紹介する。数値解析では,連続の式,Navier-Stokes方程式および拡散方程式を用いた。さらに,配線膜のエッチングによる界面形状変化にALE法を適用している。この手法によって得られたエッチング断面の時間変化が観察結果とほぼ一致することを確認し,エッチング形状の予測に本数値解析が有効に利用できることを示した。

零相変流器における三次元非線形動的電磁界解析

松本 廣太・工藤 高裕・浅野 久伸

漏電遮断器は小型化や世界の主要規格への対応を図ってきている。電磁界解析も各種手法の開発やコンピュータの高性能化と相まって三次元大規模解析が実用的になってきている。今回,漏電遮断器の零相変流器に積分要素法による電磁界解析を適用した。3極の零相変流器の地絡特性,単極特性,平衡特性に対して解析と実測との比較による検証を行ったので紹介する。各特性とも実用上,十分な精度が得られた。今後, 4極の開発への適用をはじめ,電磁界解析を有効に活用していく予定である。

パワーエレクトロニクス主回路構造の解析技術

滝沢 聡毅・ジニー オルゲス

パワーエレクトロニクスの分野では,パワー半導体の進歩,特に高速スイッチング化の進展によって,電力変換装置の小型・高性能化が進んでいる。その反面,高速スイッチング化によるサージの高電圧化や放射ノイズの増大の問題が顕在化しつつある。富士電機では,これらの課題に対して,パワー半導体モジュールの内部構造や主回路配線構造のシミュレーションによる電磁界解析を行い,低サージ電圧化,低放射ノイズ化の検討を実施している。本稿では,これら検討事例について紹介する。

原動力設備プラントの最適運用と適用事例

項 東輝・川森 亨・福山 良和

電気,熱,蒸気,空気などのエネルギーを必要とする工場,事務所,病院,大型ビルなどにおいては,コージェネレーションシステム,ボイラ,冷凍機,コンプレッサなどさまざまな原動力設備が用いられている。本稿では,原動力設備プラントの運用の全体最適化を実現する富士電機独自のソリューションおよびそれを支える各種要素技術の概要について説明する。また,トヨタ自動車(株)の生産工場の原動力設備プラントに対して,共同で最適運用制御システムを開発したので,その適用事例を紹介する。

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