富士時報
第82巻第3号(2009年5月)
特集 シミュレーション技術とコンピュータデザイン
シミュレーション技術とコンピュータデザイン特集に寄せて
Johann Kolar
スイス連邦工科大学(ETH)教授
中山 和哉 ・ 山本 勉
近年の経済環境の変化に伴い機器・システムに対しては、従来以上の信頼性を確保しつつ小型化、低価格化、高性能化、 高機能化への迅速な対応が求められている。富士電機では、さまざまな製品分野においてこれらの要望に応えるため、モデリング手法や物性値の同定など独自の工夫により、高度化・高精度化を図ったシミュレーション技術を製品開発やシステム解析に積極的に適用している。また、三次元CADで作成した設計データなどを有効利用して、設計・製造プロセスや評価試験などの高度化や改善による高品質化に向けた取組みを進めている。
鳥羽 章夫 ・ 廣瀬 英男 ・ 芝野 修
富士電機は、中小容量の電動機の小型化、高効率化、高性能化を図るため、永久磁石形同期電動機(PMモータ)と駆動システムを開発している。開発に当たり、ソフトウェア化したPMモータ設計プラットフォームを構築した。永久磁石の渦電流損の評価やPMモータのコギングトルクの解析、鋳物フレームの鋳造シミュレーションを行っている。さらにPMモータの温度予測技術や減磁耐量評価技術と組み合わせ、設計の最適化や品質向上に結び付け、お客さまのアプリケーションに応じたモータの提供を行っている。
金子 貴之 ・ 櫻井 賢彦 ・ 松本 康
ドライブ制御機器の性能解析を行うことは、市場要求にあった製品提供と、最適な制御パラメータ調整などの観点から重要である。富士電機ではモータドライブにおけるロバスト性能評価として、機械モデルと制御シミュレーションの連携解析を行っている。例えば、サーボモータで動作するテーブル駆動系について、SimulationXを使って機構部をモデル化し、MATLAB/Simulinkによる制御モデルに組み込んで連携解析を行った。周波数特性や過渡応答を実機と比較したところ、シミュレーション結果と実機特性のよい一致が確認できた。
玉手 道雄 ・ 大島 雅文 ・ 鳥羽 章夫
インバータなどのパワエレ機器では、半導体によるスイッチング時に生じる電磁妨害などのEMC(Electro Magnetic Compatibility)の問題がある。富士電機では、この問題解決のために、回路シミュレータを用いた伝導ノイズ解析や、電磁場解析による放射ノイズのシミュレーション技術を開発し、設計時点での問題点の抽出と解決を行っている。この技術はUPSや汎用インバータなどの開発・設計への適用が進められており、製品の品質向上やノイズフィルタを含む装置の小型化に寄与するものである。
由沢 剛 ・ 高橋 伸幸
磁気記録媒体の面記録密度向上のためには、ノイズの低減、熱安定性の向上、飽和記録といった相反する課題を解決しなければならない。これらのトレードオフを解決する技術である熱アシスト方式の媒体の開発において、シミュレーション技術を活用した。温度シミュレーションでは、基板-記録層間にヒートシンク層を設けることにより、媒体上の熱スポットを大幅に縮小できることを、また記録再生シミュレーションでは、熱スポットの極小化が記録直後の熱揺らぎの抑制に有効なことを明らかにした。
山田 昭治 ・ 阿形 泰典 ・ 藤本 英俊
IGBT製品の電気特性解析を行うため、IPMやIGBTの高精度・高汎用性モデルが求められている。IPMモデルは、ド ライバICモデルやパッケージモデルなどで構成する。パッケージモデルを導入してパッケージでの放熱性の解析や電磁界解析によりLR等価回路を求め、電気特性の解析に適用した。イグナイタ用IGBTのモデルは、MOSFETやBJTに過渡特性を模擬する付加回路を組み合わせた等価回路モデルで構成する。これらのモデルを用いることにより、実測とのフィッティング精度が良い電気特性解析を実現でき、IGBT製品の設計精度向上に寄与している。
山田 教文 ・ 堀 元人 ・ 池田 良成
IGBTモジュールは近年、ハイブリッド車などへの用途拡大に伴い小型化の市場要求が高まり、従来よりも放熱性の高いパッケージが必要となっている。そのためパッケージの設計段階で、実動作時のモジュール挙動を十分に把握し、最適化を行うことが重要である。動作時には温度分布が変化し、モジュールは熱変形する。この熱変形がさらに温度分布を変化させる。この温度分布と熱変形の関係について熱-構造連成解析により技術構築し、従来よりも高い精度で実使用状態のデバイス温度が予測できるようになった。
山本 勉 ・ 松本 悟史
富士電機では、空気冷却タービン発電機の冷却性能を向上させ、従来水素冷却の範囲であった300MVAまで出力拡大している。タービン発電機の冷却技術は製品の信頼性や性能向上に不可欠な要素技術であり、富士電機では、従来の試作試験による開発に加え、熱流体解析技術を利用した冷却改善への取組みを進めている。今回、発電機全体を対象とした流れと温度の大規模解析を実施し、回転子コイル温度の測定結果と解析結果は、良い一致を示した。解析技術の適用により、従来測定が困難な箇所の温度も推定できるので、設計反映による発電機の性能向上が可能になった。
内山 拓 ・ 古畑 幸生 ・ 外山 健太郎
電磁接触器と組み合わせて電磁開閉器として使われるサーマルリレーは、一定以上の通電電流の発熱が生じるとバイメ タルの変形で補助接点が切り換わることを利用している安全装置の一つである。このバイメタルの正確な変形解析には、ヒータ線の電気抵抗率の温度依存性や電流分布が重要で、それを考慮した電流-伝熱解析と熱変形解析を連成した解析を行った。熱伝導率や電気抵抗率、バイメタルの線膨張係数などの物理定数は、温度依存性を含め独自に取得することにより、精度の高い解析を実現した。解析結果を設計に反映することにより、サーマルリレーの信頼性を向上させた。
高橋 正樹 ・ 土屋 敏章 ・ 高野 幸裕
缶飲料自動販売機の省エネルギーを図るには庫内商品の温度を正確に推定できる必要がある。熱・換気回路網を用いたシミュレータと熱・流体解析ソフトウェアを連携させたシミュレータを新たに開発した。具体的には冷凍サイクルシミュレータ、庫内運転シミュレータ、庫内気流シミュレータ、熱・換気網シミュレータからなるシミュレータで、商品温度の予測は、実測値と比較して、±1K以内の精度でできることを確認した。このシミュレータを使うことで、自動販売機のいっそうの省エネルギー化に貢献するだけでなく、顧客満足度にも寄与できる。
立川 裕之
スーパーマーケットなどの店舗で使われる自動つり銭機などの金銭処理機器では、取り扱う紙幣の紙質や折れ曲がりの有無によらず紙幣の搬送不具合が発生しないように、設計段階での紙幣の搬送・整列・収納など挙動の正確な予測が必要である。そこで、線形応力解析や非線形構造解析(衝突変形解析)、機構解析(運動解析)による紙幣の挙動予測技術を開発した。さらに、機構と制御シミュレータを連携して解析できるプラットフォームを開発し、紙幣搬送と機構動作のタイ ミングなどを可視化できるようにすることで、紙幣搬送の品質向上を図っている。
山田 隆典 ・ 高野 幸裕
缶飲料自動販売機では、販売時に商品が販売機構部で詰まって出てこないなどの不具合が発生しないように、缶飲料の容器の形状や材質などの多様化に対応した販売機構を提供する必要がある。蛇行した通路形状に商品が収納されるサーペンラックや、フラッパで商品を一つずつ繰り出すベンドメックの機構設計を行うためにシミュレーションによる解析を行っている。容器内の液体や、剛性の低いペットボトルの表面の変形を再現できるように、シミュレーションモデルの工夫を行い、部品形状や荷重条件のばらつきも考慮した設計を行うことで、信頼性向上につなげている。
石川 和幸 ・ 坂田 昌良
受配電・制御機器の多くで利用されているプラスチック(樹脂)材料は電気絶縁性や生産性に優れ、機能的にも重要な役割を果たしている。プラスチック部品の高品質化のために、構想設計の段階で想定される不良を予測して製品設計に反映するために樹脂流動解析を行い、金型設計に反映している。低圧遮断器ではトップカバーの製品形状や製造手法を最適化した。電力監視ユニットではカバーとケースのはめ合い性を改善した。電磁開閉器の巻線部品では連成解析で金型の薄肉化を可能にした。さらに、解析モデルを標準化することにより、効果的な解析ができるようになった。
浅井 竜彦 ・ 渡邉 裕彦 ・ 海老原 理徳
年の小型化や高密度化に伴い、電子機器のはんだ接合部にはこれまで以上の過酷な環境での長期信頼性が要求される。一方、環境対応に伴い、鉛フリーはんだ材料の適用が進められているが、その変形機構が従来の鉛はんだと異なるため、 新たな寿命予測手法が必要であった。富士電機では、これらの電子機器の鉛フリーはんだ接合部の信頼性を向上するために、 鉛フリーはんだ特有の塑性変形機構を再現する近似式を導出するとともに、はんだ接合部の凝固組織レベルでの疲労特性を取得する評価技術を構築し、高精度な鉛フリーはんだ接合部の寿命予測技術を確立した。
森田 耕平 ・ 小園 実
火力蒸気タービンの複雑な三次元曲面からなるタービン翼とケーシングの設計・加工・組立に,製品開発支援システム(CAE/CAD/CAM/CAT)を新たに開発し適用することで、設計・製造まで含めた製品品質の維持・向上に貢献している。 ブレード製造部門では、上流の設計データをNC加工に活用するとともに、従来は経験に頼っていたブレードの寸法測定を、非接触三次元測定装置を用いることで経験を不要にし、測定精度も向上させている。さらに、ケーシングでは設計の最適化と、三次元ビューワによる加工・組立性の向上に役立てている。
四蔵 達之 ・ 石井 美里 ・ 高崎 靖夫
電波を通信媒体として用いる無線システムでは、構造物の設置状況や人の動きなどによりエリア内で電波強度が大きく変動する。信頼性の高い無線システム構築には電波分布を考慮した無線機設置やアンテナ技術が重要であり、電波分布やアンテナ特性を効率的かつ精度良く行うための解析技術開発に取り組んでいる。アンテナ解析技術では、解析対象に最適な手法の開発と実機適用を進めている。また、電波伝搬特性解析では、レイトレース法を適用し、フェージングによる電界強度の誤差数%内の高い精度で解析が可能であり、無線システムの置局設計にて中継用無線機の最適配置が行えるようにした。
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注
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