開発ストーリー
技術者が、市場へ出た 「言われたことをやる」だけが仕事じゃない インドの社会課題にチームで挑む

インドでは停電のたびにエレベータが急停止し、乗客がけがをする事故が社会問題になっている。この課題を解決しようと、富士電機の開発チームは「誰も作ったことのない製品」に挑んだ。技術者が自ら現地に飛び、顧客の声を設計に落とし込み、30人超の異例のチームで壁を越えた。
同じものを作っても、勝てない

新製品開発は社内外との協業態勢も、検証方法も、前例のない出来事が連続するプロジェクトだった。
彼らが開発したのは、インバータ、制御コントローラ、停電などで電力が断たれた際にバッテリーから電力を供給するUPS(無停電電源装置)を一つのユニットに統合した「エレベータ用オールインワン型インバータ」。
富士電機のインバータ事業は長年の強みがあり、国内の低圧インバータ市場ではシェア上位。エレベータ専用インバータでは中国やインドなど海外市場でも一定の地位を築いてきた。
だが、その足元が揺らぎ始めていた。
中国ではインバータの内製化が進んでいた。さらに、インバータと制御コントローラを一体化した中国製品は、インド市場でもシェアを伸ばしていた。2022年ごろから富士電機がインドで持つ約2割のシェアが、じわじわと削られていた。営業現場からも「インドの受注が減っている」と声が上がり、社内で危機感が高まっていた。
中国メーカーと同じものを作っても、コスト競争になれば勝ち目はない。付加価値のある製品で差別化するしかない。現場から沸き起こった議論の末、ボトムアップで持ち上がったアイデアが「エレベータ用オールインワン型インバータ」だった。
技術者が、インド市場へ

アイデアが浮かんで間もない2023年3月、上司に「現地でマーケティングをする。一緒に来ないか」と言われた大原は、すぐに腹を固めた。
なぜ営業担当ではなく、技術者が現地に行くのか。
「技術者同士じゃないと引き出せない会話がある。顧客の困りごとにすぐアプローチできるのがメリットです。要求の度合いも肌感覚でわかるから、開発の優先度をつけやすいという効果もありました」(大原)
現地では6、7社のエレベータメーカーを訪問し、質問リストを手に一社ずつヒアリングしていった。相手の悩みを聞いて、ホワイトボードに配線図を描きながら、「ここをこうつないだらいいのでは」とその場で対策案を出した。相手は「インタレスティング(興味深い)!」と喜んでくれた。
ヒアリングを重ねる中で、見えてきたことがあった。インドでは停電が多く、エレベータが急停止して乗客がけがをする事故が社会問題になっていたが、エレベータを停電時にも通常通り動かし続けるための高性能な電源システムが設置されているのは、一部の高層ビルや大病院などに限られていた。一般のビルオーナーにとってそうした設備は高価なため、手が届かない。さらにやっかいだったのが、機械室のない建物が多くエレベータ制御盤が乗場に設置されるため、ユニットが薄くなくてはいけなかったことだ。
現地を回った大原は、停電時の乗客保護と小型化がポイントだと確信した。その製品を、中国製の既存システムと同程度の価格で提供する。それも一刻も早く市場に出すことが必要だと考えた。
30人超、異例の体制で動いたチーム

オールインワン型インバータは前例のない製品であるうえ、開発スピードが求められる。このプロジェクトリーダーを任されたのは、入社22年目の仲渡だ。
これまでもエレベータ用インバータ開発のリーダーを任されてきた。だが、仲渡は「携わる開発者の人数は異例で、会社が力を入れていることを肌で感じました」と話す。
通常の開発は10〜15人規模だが、今回は30人を超えた。しかも、これまで一緒に仕事をしたことのない部門からも人が集まった。ソフトウェアだけで3チーム、ハードウェアの構造設計と電気設計、そこにUPS開発チームも加わった。
今回、エレベータメーカーとの協業で、富士電機の開発チームに「新たな視点」が生まれた。
インバータをつくる側としては「危険なときはエレベータが止まればいい」だった。だが、エレベータが止まれば乗客は閉じ込められてしまう。「エレベータシステムとして何が安全か」。その意識の転換は、外部の技術者と膝をつき合わせたことで生まれた。
自分ごとにさせる

人数が増えれば開発は加速する――だが、現実はそうならなかった。
仲渡は振り返る。「開発段階では当然、不具合が生じます。でも、多くの部署が集まっているので、その不具合の対処法を考えようと思っても『うちの担当じゃないから』と責任の所在があいまいになり、守備範囲ではないボールを見送ってしまう。野球で言えばポテンヒットが重なるような状態でした」。
インバータ、制御コントローラ、UPSは単独では異常がなくても、一体化した瞬間にお互いの動作が影響し合い、不具合が生じる。仲渡は「課題解決会議」を開くことにした。週2〜3回徹底的に議論し、誰がどう対処するかを即決しながら、プロジェクトを進めた。
開発現場は、三重県の鈴鹿工場だった。東京工場から集まる開発メンバーにも鈴鹿工場への常駐を依頼した。
「場所が離れていると問題をリアルタイムで把握できませんし、週1回の定例会議で課題を共有していては間に合いません。家族がいる人たちに頼むのは心苦しかったですが、みんな覚悟を持って応じてくれました」
リーダーとして常に意識しメンバーに促していたのは、チーム全員がそれぞれ仕事を進めるために何ができるかを考えてもらう、ということだった。
効果はすぐに表れた。「こちらがあれこれ言わなくても、担当ごとに解決方法を考えるようになってくれたんです。新製品開発を自分ごととして捉えてくれたからだと思います」
正解がないものを検証する

2024年1月、機器検証を担う明星のもとに試作品が届いた。明星が「どうやって動かせばいいのかわからない」と思うほどの状態だった。
通常の開発では、ある程度まで製品が完成した段階で検証部門に渡される。決められた項目の試験をクリアすれば出荷できる流れだ。しかし、今回はそんな前提はない。
「誰も見たことがない製品なので、そもそも何が正解なのか分からなかった」と振り返る明星は、試作品づくりの途中の段階で検証をして、課題を克服し、また検証することを繰り返した。みんな手探りだった。
明星は、「全体像を誰も把握できていないのではないか」と危惧していた。それぞれが専門分野の開発だけをしていては製品にならない。そこで、開発者たちが集まる課題解決会議に参加を希望した。
「僕らが担う後工程は、全体を俯瞰して見ることができる。少しでも疑問に思ったところを各分野の担当者に聞きに行き、課題を一緒に整理していけるかなと思ったんです。実際、そうしているうちに正解のかたちが見えてきました」
検証で得た気づきを愚直にぶつけ続けることで、ついに混迷を極めていた開発の突破口を切り拓いた。
けん玉と、インドのエレベータと
2024年4月、チームはユニット試作品を完成させた。
インドでヒアリングを重ねた大原は「乗り心地も大事だが、停電時に乗客がけがをしないことを最優先しました」と話す。既存のインバータやUPSのスペックを必要なものだけに削ぎ落とし、小型化とコストダウンを実現した。
初めて試作品をエレベータに設置し、実証実験に臨んだ。この実証実験データと撮影した動画を持って、大原はインドに渡る予定になっていた。その準備の中で、ある問題に突き当たった。「新製品の特徴をどう伝えるか」を徹底的に考えた。
機器開発部の仲渡と大原は近くのディスカウント量販店に足を運ぶ。フィギュアを床に立たせてみたりするなど、店内をぐるぐる回った。最終的に、けん玉を買った。
新製品の「揺れないこと」を、数値データではなく目で見せたかった。けん玉の玉に通したゴムひもをエレベータのかご内の壁に張り、宙づりにした状態で停電させる。急停止したときの玉の揺れ幅の違いから効果が一目でわかるはずだ――。

インドで従来使われているエレベータ、新製品を搭載したエレベータを急停止させ、動画で撮影して並べて見せた。
インドメーカーの担当者は動画を見た瞬間、「ワオー」と驚きの声を上げた。振れ幅の違いにより、効果は誰が見ても一目瞭然だった。

学生に伝えたい言葉を三人に書いてもらった。
仲渡(左)は「開発では問題が起こることも、成果を得ることもある。それらすべてを自分ごとだと思って取り組めば成長できます」。明星(中)は「問題を解決しないと気が済まない性分なので、妥協せず、最後までやるぞという気持ちで仕事をしています」と言い、大原(右)は「たとえリスクがあっても、できない理由を考えていたら何もできません。続けていれば最後には形になります」と話した。
仕様書の外へ
この開発を経て、大原は気づいたことがあると言う。
「技術者は従来、仕様書通りに形にするのが仕事でした。それが今回、何も前例がない製品だったので、仕様づくりから関わることができた。技術者としてこんな方法があってもいいのかなと、新たな発見ができました」
技術者が直接現場の声に耳を傾ける。精鋭たちがより可能性を追究する環境をつくる。それぞれが担当範囲を超えて技術者としての責任感を持つ。その挑戦の結果、新製品が生まれた。
エレベータ用オールインワン型インバータは信頼を得て、インドのローカルメーカーなどから受注が決まった。さらに、新製品の評判は、台湾やベトナムにも広がり、販路が拡大する勢いだという。まもなく新製品はインドに初出荷される。