開発ストーリー
AIが「人には描けない形」を生み出す 富士電機が挑む、「AIを育てる」設計

「AIに仕事を奪われる」という話を、最近よく聞くようになった。人間が思いつかない形を生み出すAIが活躍する時代に、エンジニアの役割はどこにあるのか。最先端AI技術「ジェネレーティブデザイン」を相手に奮闘する、若手社員三人に聞いた。
「お前、AIに食われちゃうぞ」

入社して初めて迎えた2026年の正月、長田は久しぶりに会った叔父から「お前の仕事も、AIに食われちゃうぞ」と言われた。
長田は平然と答えた。「AI? ぜんぜん大丈夫。むしろ、超ラッキー」。
学生時代は太陽熱に関する研究をしていたが、入社後、シミュレーション技術を基盤にAIも手がける部署・デジタルエンジニアリング部に配属された。すぐにAIについて勉強し始めたが、先輩二人の専門用語が飛び交う職場で、まったく会話に入れなかった。毎日、自分の力不足を痛感した。
だが配属からわずか7カ月。AIの渦に放り込まれた長田にどんな変化が起きたのか。
AIが、優れた遺伝子を受け継ぐ
製品開発の現場では、まず設計者が形状案を考え、性能をシミュレーションし、また形を修正して……という試行錯誤を繰り返す。しかし、複雑な設計になると、試作品にたどり着くまでに時間がかかる。
では、「ジェネレーティブデザイン」と呼ばれるAI技術を投入したらどうなるか。デジタルエンジニアリング部で研究チームを引っ張った平島は、「試作まで10日かかっていたものが、ジェネレーティブデザインなら1日で最適な形を導き出すことができる」と話す。
仕組みはこうだ。
まず、「3D形状生成AI」にいくつかの形状を作らせる。その性能を「シミュレーション」が評価する。その評価結果から「最適化アルゴリズム」が優れた形状の要素を抜き出し、再び「3D形状生成AI」に指示する……。このサイクルを何度も繰り返しアップデートすることで、最終的に一番良い形にたどり着く。


平島が「まるでダーウィンの進化論みたい」と説明するジェネレーティブデザイン技術は、優れた形状の遺伝子を選別し、自動で受け継いでくれる。一度設定すれば、途中で人間が指示を出す必要はない。
この技術を活用して設計期間を大幅に短縮できれば、生産性を高めつつ、技術者の負担も減らすことができる。2024年、富士電機は構造分野にジェネレーティブデザインを導入することを決めた。
「まずは自分たちが仕組みを理解して、使いこなせるようにならないといけない。ただ、理論的にはわかっていても、実際にどんなことが起こるのかは未知数でした」と平島は話す。
平島は富士電機に中途入社した。前職から富士電機に移って6年。社員の雰囲気と、挑戦への懐の深さを感じている。
「穏やかな人が多くて、ギスギスしていない。なのに、自分から『これをやりたい』と動けば、ちゃんと受け止めてくれる」
だから、前例のない領域へ自分たちの意思で踏み込めたと感じている。
人が思いつかない形、でもこのままでは…

最初にジェネレーティブデザインで設計を試みたのは、半導体モジュール用の「治具」(注)だった。「力を加えても変形しにくい強度を保つと同時に、軽くする」という相反する性能が求められた。
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(注)
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製品を組み立てるときに部品を正確な位置に固定するための専用の台や枠のこと
ジェネレーティブデザインがつくった治具を見て、平島の同僚の佐藤は「こんなの人間は思いつかないなあ」と思わずつぶやいた。奇抜な形だった。
「必要最低限の機能だけを残してどんどん削って、軽量化するんです。ボルト部分だけを残して、中は空洞なんて形もアリなのかと気づかされました」
しかし、そのままでは使えなかった。形状が複雑で、量産するには製造コストが上がってしまうからだった。
「最終的には、人間が現実的な形に落とし込む必要があるんです」
ジェネレーティブデザインが最適形状のたたき台を一気に導き、人間が量産可能な形へ調整を加える。役割を分担することで、これまで10日かかっていた設計を1日にまで縮められた。仕上がった治具は、剛性を20%高めつつ、余分な部分を削って重さを26%軽くできていた。

イチからつくる新領域への挑戦
2025年、平島と佐藤はさらなる挑戦に踏み出した。液体や気体の流れや熱の伝わり方を扱う「熱流体分野」にジェネレーティブデザインを応用するシステムの構築だ。
熱流体は複雑なシミュレーションが必要で、他社はこの領域にほとんど手をつけていなかった。富士電機は「冷却器」や「熱交換器」の設計を強みとしているため、差別化の勝負どころになる。
しかし、二人の前に大きな壁が立ちはだかった。
「構造分野のジェネレーティブデザインは普及し始めていましたが、熱流体の方は先行事例がほとんどありませんでした。自分たちでイチから仕組みをつくるしかなかったんです」(平島)
複雑なシミュレーションに伴う計算時間を短縮するため、平島と佐藤は、シミュレーションの代わりに「サロゲートモデル(注)」と呼ばれるAIの活用を考えた。
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(注)
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Surrogate model:代理モデル。過去のシミュレーション結果をAIに学習させ、新しい条件を入力した際に瞬時に結果を出力する

サロゲートモデルは、あらかじめ「この形状ならこれくらいの性能になる」というデータを大量に学習させておくことで、新しい形状について、シミュレーションをせずに性能を「予測」するAIだ。シミュレーションで数日かかるものも、サロゲートモデルなら数秒〜数分で計算できることに着目した。
シミュレーションの上をいく高度なAI。そのサロゲートモデルに学習させる「先生役」を任されたのが、冒頭に登場した長田だった。
AIの先生は、入社1年目
新入社員研修を終えた長田は2025年6月、デジタルエンジニアリング部に配属された。佐藤のもとでジェネレーティブデザインの仕組みをOJTで学び、平島からマンツーマンで指導を受けた。
そして12月。長田はサロゲートモデルに学習させるデータの作成を任された。
サロゲートモデルの「先生役」になった長田は、「とにかくやってみるしかない」と腹をくくった。学習の結果を見ながら、足りないデータを補っていく。そのサイクルを毎日毎日繰り返した。ほどなく手ごたえを感じた。
2026年3月の時点で、学習させたデータは100パターンを大幅に超えた。作業を繰り返すうちに、ジェネレーティブデザインの精度を上げるために必要なデータも分かり始めていた。でも、質も量もまだまだ足りない。
長田は学生時代、富士電機でインターンシップを経験している。その時は製品の性能評価にシミュレーションを使っていた。しかし、入社後に見たのはまったく違う世界だった。
「シミュレーションについて勉強して、やっと覚えたと思ったら、今度はシミュレーションすら必要ない、すごいAI技術と出会った。そんな考え方があるのか……って知らないことだらけ。初めは戸惑ったけど、わかるようになるほど面白くて、今、仕事めっちゃ楽しいです」

三人に学生に向けたメッセージを聞いた。長田(左)は「とても楽しい毎日です。AIとの偶然の出会いを大切に、日々がんばっています」と言い、佐藤(中)は「まだやりたいことが決まっていなくても、『これならいいかも』くらいの気持ちで十分。その気持ちを信じて、突き進んでみてください」。平島(右)は「『こんな経験ができて幸運だった』と思えれば成長できる。行動や考え方を変えるだけで、人生がいい方向に進むと思います」と話した。
AIを使いこなす
2026年度は、ジェネレーティブデザインの精度をさらに向上させ、実際の開発現場での適用を目指す。
平島は「AI側が自分に足りないものを考え、自ら学習するようにしたいと思っています」と先を見据える。
「たとえば、ジェネレーティブデザインでパソコンの形状を作るとします。でも、3D形状生成AIはどんどん奇抜な形を出してきて、最終的にキーボードの形状になってしまうこともある。そのままジェネレーティブデザインのサイクルを回し続けると、最初に学習させたデータから形がかけ離れていくことがあり、サロゲートモデルの予測精度が落ちてしまうんです」
AI側が自分で「足りていないデータ」を考え、学習できるようになれば、どんな形状にも対応できるようになる。自らどんどん賢くなっていく。
それが実現すれば、いずれ製品開発の現場に人間が要らなくなるのでは——?
しかし佐藤は、その問いを否定する。「近年の文章生成AIの進化は凄まじく速いですよね。製品開発で使うAIは、そこまで急速に進んでいるという実感はありません。まだまだ人間の力が必要です」。平島は「社内でジェネレーティブデザインへの理解を深める努力をして、もっと広い範囲でジェネレーティブデザインを使えるようにしたい」と言う。
入社して初めての正月、叔父に「食われちゃうぞ」と言われた長田は、今も迷っていない。「僕はAIを使うこともできるし、AIを自ら育てることもできるので、超ラッキーだと思ってます」。
ジェネレーティブデザインを「設計者を助ける相棒」に育てる。三人の挑戦は、まだ始まったばかりだ。