開発ストーリー
法規制を先読みして動く。強度・耐熱の壁を乗り越えたリサイクル樹脂研究

開発ストーリー#29 法規制を先読みして動く。 強度・耐熱の壁を乗り越えたリサイクル樹脂研究


日用品や家電では今、廃棄物や使用済み製品をリサイクルした材料が広く普及している。ただ、これらの素材は未使用の新品材料に比べて強度や耐熱性などが下がってしまう。それでもカーボンニュートラルの流れと相まって、「リサイクル材など環境に配慮した材料を使う」という波は、変圧器やインバータのような産業用機器にも及びつつある。環境負荷を下げながら過酷な状況に耐える製品をつくるにはどうすればいいか。その答えを先読みして研究してきた、富士電機・樹脂材料グループの三人に聞いた。

「今やるしかない」、その直感

樹脂材料グループの長谷川

富士電機は材料メーカーではない。では、樹脂材料グループの役割とは何か。

「これから必要になる材料を予測して一歩先に研究する、いわば先読み部隊です」と、樹脂材料グループのマネージャー・長谷川は語る。

製品を開発する上で重要なのは材料の選定。新しい材料の性質や製品に及ぼす影響が分からなければ、どの材料をどこに使うべきか見極めることができない。

富士電機では毎年秋ごろ、研究者が翌年度の研究テーマを掲げる。長谷川は2022年に、2023年度の研究テーマとして「リサイクル樹脂」と「植物由来樹脂」を挙げた。

「世の中の動きから、産業用機器でも環境に配慮した材料を使う流れが来ることは見えていましたから」(長谷川)

当時の社内では、「それ本当に必要なの?」という声もあり、その研究は大きな関心を集めていなかった。だが、長谷川は「今やるしかない、やらせてほしい」という気持ちでいた。

探し歩いて、味見する

樹脂材料グループの柳瀬

長谷川がその研究テーマを掲げたのには、きっかけがあった。同じグループのベテラン・柳瀬からの提案だった。

柳瀬は日頃から化学材料の展示会に赴き、材料メーカーや商社の担当者に「何かいい材料はないか?」と尋ね歩いていた。「使えそうな材料を探しに行って、味見するんです」と柳瀬は言う。

柳瀬が言う「味見」とは、新しい技術や材料を調査し、どのような使い道があるか検討する「技術調査」のことだ。柳瀬は2022年、リサイクル樹脂と植物由来樹脂に目をつけていた。

かつて社内でリサイクル樹脂の開発を手掛けたことはあったが、製品に使うレベルには達しないまま立ち消えになっていた。しかし、展示会に集まるメーカーのニーズは高まっていることが肌で感じられた。

だから、柳瀬は「今度こそ、今でしょ」と感じていた。

長谷川に話すと、「いいね、それ、やろう!」と即答だった。

ただ、新しい研究テーマを立ち上げるには、予算が必要だ。年に1度開かれる社内の審議会で、研究者たちのアイデアがテーブルに並べられ、選ばれたテーマだけに予算がつく。「なぜこのタイミングなのか」を審議会メンバーに納得してもらわなければいけない。

長谷川は社内外の関係者にヒアリングを繰り返した。営業部門からお客様の生の声を集めたところ、取引先企業からのニーズが高まっていることがわかった。実際にお客様のもとを訪ねてニーズを確認し、競合他社の動きもリサーチした。さらに、欧州連合(EU)の法整備の先を読んだ。その積み重ねを手にして、「法律ができてから動いていては間に合わない。今から始めなければいけない」と社内を説得した。

審議会を通過し、2023年4月、未知の材料との格闘が始まった。

PCR材という、手ごわい相手

リサイクル樹脂には「リグラインド材」と「PCR(Post-Consumer Recycled)材」の2種類がある。

リグラインド材は、プラモデルの部品を切り取った後に残る「外枠」の部分のような、製品の成形過程で発生する端材をもう一度材料として成形して使うものだ。熱をかけて端材を溶かす過程で樹脂が劣化し耐熱性が下がるのが技術的課題だったが、文献などを参考に、材料に含まれる難燃剤の加水分解を防ぐ薬剤を添加することで解決できた。

研究に苦労したのは、もう一つのPCR材だった。

PCR材は、消費者が使用した後の製品を回収して混ぜ合わせ、再生した材料のこと。さまざまな製品が混ざっているため、「材料の素性が分からない」という難しさがあった。

リグラインド材は同じ製品の端材を再利用するため、量が少なく世の中にはあまり出回らない。そのため、製品のリサイクル材の配合率を高めるにはPCR材の再利用が不可欠だった。

だが、素性が分からないPCR材は不純物や異物の影響で劣化速度が速く、そのまま成形して当社の製品に適用しても、製品の寿命が目標の10年に達しなかった。

柳瀬は「リサイクル樹脂の原料が特定できないため、劣化の原因となる物質を特定するのに苦労しました」と話す。

では、どうやって原因物質を特定したのか。

140時間で10年を再現する試験機

樹脂材料グループの西沢

ここで活躍したのが、2023年11月に入社した西沢だ。以前は半導体メーカーで金属メッキ関連の業務に関わっていたが、富士電機に転職した。樹脂素材を扱うのは初めてだった。

「金属は融点が一定なのに、樹脂は幅がある。金属と比べて、はっきり反応が出ないので『気持ち悪いな』というのが第一印象でした」と西沢は話す。

担当したのは、温度、湿度、光量など、さまざまな条件で材料の劣化を加速させ、製品の品質や耐久性を測る「環境試験機」の操作だ。およそ140時間で10年後の製品の状態を再現できる、タイムマシンのような装置だ。

指導役は、環境試験機を部署内で唯一操作できる柳瀬だった。

柳瀬と西沢はリサイクル材の配合率を変えた8パターンで試験を重ね、膨大なデータを読み解いた。

1年後、劣化の原因となる物質が添加剤であることを突き止めた。この添加剤が加水分解して樹脂の耐熱性が下がるため、加水分解を抑制する物質を配合することにした。

その頃には、西沢の樹脂素材への戸惑いは消えていた。

「何度も機械を動かすうちに、全ての工程を自分一人でできるようになった。新しいことにチャレンジしたいと思って富士電機に来たので、すごく自信になりました」(西沢)

過去に培った技術でブレークスルー

もう一つの研究テーマ「植物由来樹脂」もすぐには解決策が見いだせなかった。

植物を原料に作られるため、化学構造が石油由来の樹脂と大きく異なる。

「同じ『ポリカーボネート』という名前がついていても、石油由来と植物由来ではまったく違う化学構造をしています。だから、2つを混ぜると水と油のように均一にならず、強度が大幅に低下してしまうんです」(長谷川)

最大の壁にぶち当たった長谷川は、材料の「仲良し度」を数値化する「ハンセン溶解度パラメータ(Hansen solubility parameter:HSP)」を思い出した。これは富士電機の「フィラー分散技術」でも使われている。

実は、長谷川は15年前、HSPを活用した材料配合の開発に携わっていた。異なる材料を混ぜる研究の中で発展した技術だった。

これまでに培った技術を応用することで、植物由来樹脂と石油由来樹脂を均一に混ざり合わせるという最大の壁を1年で突破することができた。

「樹脂材料グループは10人の少数精鋭ですが、富士電機に蓄積された昔の技術を今の技術と組み合わせて、効率的に動くことができる。そこが強みだと思います」(長谷川)

「挑戦」西沢(左),「先を想像する」長谷川(中),「はじめの一歩」柳瀬(右)


学生に向けた言葉を三人に書いてもらった。西沢(左)は「富士電機は人が良い会社。上司や先輩からのフォローがあるので、ここならどんなことにも挑戦できるなと感じています」。長谷川(中)は「他社とスタートラインが同じでは差がつきません。いかに先を想像して始めるかが大事だと思います」と言い、柳瀬(右)は「自分から動いて情報を集めてくることが仕事の面白さにつながると思います。まずははじめの一歩が肝心です」と話した。

2年後、「先読み」は現実になった

1年で3つの技術的課題を克服し、2024年からは適用できる材料の種類や用途を広げた。現在は、変圧器やインバータなど高電圧・高温など過酷な環境に置かれる製品への適用に向けて、研究を段階的に高度化させている。

研究を始めた1年後には、他部署から「この材料を使いたいから、アドバイスが欲しい」と声が掛かるようになった。2年後には取引先からも問い合わせが来るようになった。

世界の潮流が追い風になったのだ。2024年にEUで製品の環境性能を高める「エコデザイン規則」が施行され、2030年には産業用機器でもリサイクル材の使用などが義務化される予定だ。日本でも2025年2月にリサイクル材利用の義務化を盛り込んだ法改正案が閣議決定された。

「先読みしていたことが現実になり、社内のさまざまな部署から『一緒にやりましょう』と声が掛かるようになった。仲間が増えていると実感できるのがうれしい」(長谷川)

「法律ができてから動いていては間に合わない」。先を読む力と、動き続ける好奇心。その積み重ねが、産業用機器の「当たり前」を少しずつ塗り替えていく。