開発ストーリー
ASEAN諸国のデータセンター普及を支える! 国境を越えた連携が生んだ新変圧器の誕生物語

ASEAN諸国では、データセンターやショッピングモールなどの施設で電力需要が高まっている。急拡大する市場に向けて富士電機が送り出したのが、モールド変圧器「グローバルモルトラ」だ。日本とタイの3つの部門が国境を越えて連携し、50年の歴史を持つモルトラの信頼性をグローバル市場に広げようとする、3人の社員に話を聞いた。
タイで産み出される「ジャパン・クオリティ」

タイの工場で、スマホを片手にした富士電機の社員がタイ人のスタッフと作業台を囲んでいた。スマホには翻訳機アプリが開いている。
「ここのサイズは、2mmにしてください」
「わかりました。タイのスタッフに伝えます」
富士電機は定期的に日本の社員をタイに派遣したり、タイ人のスタッフを日本に迎えて研修を行ったりして、ものづくりをしている。同じ目標を掲げて、遠く離れた国の社員が肩を寄せ合いながら製品をカタチにしていく。
目標は「タイで、ジャパン・クオリティを実現する」だ。
シェア・トップクラスの信頼をASEANへ
富士電機が50年以上前から開発を続けてきたモールド変圧器「モルトラ」。1974年に発売した第1号機以来、日本国内を中心に信頼を積み重ね、2020年には生産累計10万台を達成した。
国内のシェアはトップクラス。しかし、変電機器開発部の前田は「日本国内だけを見ていては、いずれ置いていかれてしまう」と話す。
海外のASEAN諸国では、経済成長に伴ってデータセンターの建設が相次いでいる。大量の電力を消費するデータセンターに向けた、モールド変圧器の2030年までの市場は、年平均10%以上の成長が見込まれている。
また、ASEAN諸国の工場・ビルのなかには、絶縁素材に油を使用する「油入変圧器」を設置する施設もある。この油は可燃性のため、万一事故が発生すると火災が拡大しやすい。一方、モルトラは油を使わず、部分放電がほぼゼロという高い絶縁性能を備えた難燃資材を使っているため、燃えにくい。
安全安心な富士電機のモルトラを、ASEAN諸国の施設に普及させよう──。2023年4月、海外市場に対応した「グローバルモルトラ」の開発がスタートした。
一難去ってまた一難の開発

開発は、2015年に入社して以来モルトラ一筋の前田が担った。新製品開発は初めて。開発の経過を「自分が作ったものだと胸を張って言えるように本気で取り組みました。思い入れがあります」と振り返る。
そう語るのもうなずける。前田にとって開発の日々は「一難去ってまた一難」の連続だった。
最初の課題は、高電圧だった。工場やビルなどの大型施設で、電力会社から配電された高圧の電気を、建物内の機器が安全に使える電圧に変換する変圧器。ASEAN諸国では、この変圧器に入力される電圧は22kVか33kVが一般的であり、日本の6kVよりもはるかに高い。そのため、変圧器を保護ケースなどで覆う安全対策がとられているが、そのような構造にするとなれば装置全体が大型化してしまう。
だが、前田は「変圧器を設置するスペースには限りがあるので、小型・軽量化がマストでした」と話す。
従来の常識を捨てる
モルトラは、一次巻線と二次巻線の間に「スペーサゴム」という部材を挟みこんで「α寸法」と呼ばれる空間をつくり、絶縁効果と冷却効果を併せ持つ構造になっている。


理論的には、α寸法を短くすればモルトラの半径が小さくなり、小型・軽量化につながる。だが、短くすると巻線が接近して絶縁破壊が起こり、放電する可能性が大きくなる。また、絶縁距離を保持するためにスペーサゴムを挿入しているが、空気との誘電率の違いからスペーサゴム周辺の巻線の表面と内部に電界集中が生じ、α寸法を短くすると電界集中が大きくなって耐圧性能が低下してしまう。
この課題を前に、前田は決断した。「従来の常識そのものを捨てて、新たな構造に挑戦することにしよう」。
限界のギリギリを攻める
たどり着いたのが、「つば付きスペーサ」だった。2つの巻線を縦方向で保持している樹脂スペーサに「つば」を設けて一次巻線を横方向にも固定することで、スペーサゴムがなくてもα寸法を維持できるようにした。
耐圧性に問題があるスペーサゴムはなくした。次はα寸法を短くしなければならない。
だが、簡単ではなかった。前田は「かなり攻めたギリギリの設計をしないといけないと覚悟しました」と話す。
さまざまなα寸法のモルトラ試作品をつくり、壊れるまで負荷をかける実験を繰り返した。そうしてギリギリの限界値を見つけ出し、小型化を実現した。
つば付きスペーサを搭載したグローバルモルトラの構造ができたのは、開発スタートから1年半後、2024年10月のことだった。
それでも前田の開発は終わらなかった。次に着手したのは、部品の資材量を減らすこと。多くの資材でできていた部品をユニット化して、さらに軽量化を目指した。

強度や性能を変えずに、あらゆる部品の軽量化をコツコツ積み上げた。2000kVAの変圧器は、従来のつくり方なら約5000kgあったが、新型は4700kgへ300kgの軽量化を達成した。
「変圧器の技術は成熟していて、これ以上小さくするのは難しいと言われてきました。300kgの軽量化は、かなり革命的だと思います」(前田)
熱意に応えた製造現場

2025年4月、前田は万全の体制で開発検証に向けた試作品作りが始まったと思っていた。しかし――。
モルトラの製造を担当する畑田は、グローバルモルトラの設計図を受け取ったとき、率直に「この設計のままでは、量産は難しい」と思った。
グローバルモルトラは、製品を量産するために、タイの工場に生産技術を移管する計画である。他の製品よりも効率的な製造方法にしなければならないが、前田の設計図にはその点への配慮が十分ではないと感じた。
畑田が一番困ったのは、巻線とつば付きスペーサを貼りつけるために、「接着剤を塗って乾燥するまで、2時間待たないといけないこと」だった。2時間も待っていては効率的ではない。設計上の正しさと、製造現場の実現性の違いが浮き彫りになり、ここから2人のすり合わせが始まった。
「前田さんは何度も製造部に来て、どうしたら量産できるか熱心に尋ねるんです。だから自然と、僕たちもなんとかしたいと思って」(畑田)
前田の熱意に応えるように、製造部からも次々にアイデアが集まってきた。それは計算上のシミュレーションだけではわからない、現場の知恵ばかりだった。
最終的に畑田が提案したのは、後の工程で上からかぶせていたフレーム部品に、あらかじめつば付きスペーサを接着しておいて、その部品を巻線に乗せる方法だった。これなら待ち時間がゼロになって生産効率が上がる。
このアイデアを実現するために、組み立てする際に部品の間に挟む緩衝材をどの角度で置けばいいのか、正確な位置を割り出した。これで熟練者でなくても簡単に組み立てられるような工程が整備できた。
しかし、畑田にはまだ大きな仕事が残っていた。
マニュアルの作り込みはタイ人と
2025年8月、畑田はタイ工場(注)に1週間滞在した。現地スタッフ8人にグローバルモルトラの製造工程を教えるためだ。
もちろん、言葉も文化も違う。スマホ翻訳を駆使しながらコミュニケーションを取ることはできても、細かな作業を伝えることは簡単ではない。
畑田は「日本はみんな職人気質で、マニュアルに書いていないことも熟練の感覚で対応します。でも、そんなことが通じるのは日本だけです。タイ工場では誰でも確実に作れるように、手順をミリ単位で明文化する必要がありました」と話す。
そこで力を発揮したのが、タイ工場でマニュアル作成を担当したPattararit(パッタラリット)。通称、タンさん。
現地スタッフの中には千葉工場で研修を受けた人も多く、変圧器の製造には慣れている。しかし、タンは「グローバルモルトラは従来の製品より製造工程が複雑だ」と言う。
従来製品にはなかった作業をどうこなしていけば順調に生産ができるのか。タンは、畑田からの説明を聞きながら、「ここは2mm」「ここは5mm」などと細かく書き入れてマニュアルを作り込んだ。
その姿を見た畑田は「難しい作業にも現地スタッフのみなさんが前向きに取り組んでくれたことが印象的でした。どうすれば組み立てやすくなるのか、タンさんが提案してくれることもありました」と振り返る。
「自分が関わった製品がタイ国内で使われることがうれしい。これからも日本のスタッフと連携しながら、グローバルモルトラを普及させていきたい」(タン)
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注
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富士電機マニュファクチャリング(タイランド)社

モルトラでつながるASEANとの信頼

2025年10月、グローバルモルトラが完成した。難燃性や熱衝撃などに関する国際規格に適合していることを確認するため、第三者認証機関による試験を実施した結果、合格することができた。これで手筈は整った。
ASEAN市場への上市は2026年4月を計画しているが、2025年9月に発売予定の通知を出したところ、すでに海外からの問い合わせが相次いでいる。
畑田は「モルトラは富士電機にとって歴史ある製品なので、携われて光栄です」と話す。

学生に向けた言葉を書いてもらった。畑田(左)は「全力で仕事に取り組む。学生時代、勉強や趣味に全力を出したことも大人になって活かされる!」、前田(右)は「やってみなければ成長できないので、まずは実行あるのみ。任せられた仕事をやり切ることが大切だと思います」と話した。
今後はさらに、データセンターの電源設備を構成する変圧器や配電盤などを1つのユニットにした「スキッドシステム」の導入で、納入作業を短縮させる取り組みも進める。前田は「あきらめなければまだまだ進化できるはず」と話す。
タイ工場をハブとして、「安心と信頼」でASEAN地域の社会課題を解決する、富士電機のさらなる挑戦が続いている。