開発ストーリー
地球の息吹を瞬時に測り地熱発電に革命!世界初の「二相流計測システム」

AIで72時間先のダム水量を読む! 水力発電の未来を変える未踏領域への挑戦


地中深くのマグマが生み出す熱エネルギー。その力を電気に変える地熱発電は、「地球の息吹」を利用するクリーンエネルギーとして注目されている。しかし、地熱発電の現場では長年にわたり、ある“計測の壁”が立ちはだかってきた。そこで富士電機は、従来にはないまったく新しいシステムを開発した。地熱発電の世界を変えるイノベーションに挑む社員二人に話を聞いた。

湯船の中でひらめいた世界初のアイデア

センシング研究部の武田

2021年5月のある夜。技術開発本部センシング研究部の武田は、自宅の湯船に浸かっていた。リラックスする時間のはずなのに、約半年間ずっと解決できずにいた技術課題が頭から離れない。武田はその時、地熱発電における新しい計測システムの開発に悪戦苦闘していた。

「お風呂に入っているときって、頭がぼーっとしますよね。そういう時の方が違う視点からアイデアが浮かぶものなんです」

ブレイクスルーの瞬間は、研究室から離れた“風呂場”で起きた。

「もしかして、あの方法を試してみたらいけるんじゃないか」

この思い付きが、世界で誰も見つけていない未知の技術への第一歩だった――。

新しい技術領域への挑戦

地熱発電はCO2の排出量が最も少ない再生可能エネルギーのひとつだ。太陽光発電や風力発電のように天候や昼夜に左右されないため、24時間365日安定して発電できるベースロード電源として、世界的に需要が拡大している。

地熱発電の仕組みは、マグマに熱せられた高温・高圧の地下水や蒸気が地中から噴き出す「地熱流体」を取り出し、そのエネルギーを利用してタービンを回して発電する。

富士電機は、地熱発電向けのタービン・発電機の製造で国内トップシェアを誇る。
しかし、武田は「タービン・発電機のみならず、お客様の課題にソリューションを提案するためにも、地熱発電所のシステム全体に富士電機がかかわることが重要でした」と話す。

その糸口となるのが、世界に類のない「二相流(注)計測システム」であり、2018年、富士電機は新しい技術領域への挑戦を始めた。


蒸気と熱水

地熱発電所の構成機器(イメージ)

設備運用改善のカギは井戸の「状態把握」

センシング研究部の神保

地熱発電所では、地熱流体を地中から取り出すための井戸(生産井)を掘る。その仕組みは油田に似ているが、安定的に地熱流体が噴出するわけではない。地中から出てくる熱水や蒸気には不純物が混ざり、時間の経過とともに井戸や配管の状態も変化する。

このため、地熱発電所では一般的にいくつもの井戸を掘り、発電に使用している井戸の性能が落ちてきたら別の井戸に繋ぎ換えるという運用が行われている。

カギとなる井戸の状態の把握のため、従来は発電事業者や資源管理会社が専門業者に委託して、井戸の配管の上流から薬品を流し、下流で検出したデータをラボで分析する手法が用いられていた。しかし、この方法は1回の検査費用が高額で、年に1〜2回しか検査できない。さらに、流量を算出するまでに時間がかかっていた。

技術開発本部センシング研究部の神保は「井戸の状態をリアルタイムで把握できれば、地熱流体の将来的な流量や圧力を予測でき、減衰兆候への早期対策や的確なメンテナンス計画の立案など、設備運用の最適化に大きく貢献できます」と話す。

リアルタイムで“蒸気と水”を測る難題

開発の目標は決まった。リアルタイムで地熱流体の流量を計測することだ。

しかし、その実現は簡単ではない。地熱流体は蒸気と水が混在する「二相流」で、世の中の流量計では計測できない。まったく新しい技術の開発が必要だった。

武田は「専門的な知識を持つ人は社内にいないので、どうすればいいのかわからない。そこで、世界中から二相流の測定技術を公募することにしたんです」と話す。

2019年、富士電機は世界中の研究者に公募を出し、応募してきた複数の団体の中からアメリカのベンチャー企業と、イギリスの大学の研究チームと話を進めた。大学の研究チームのアイデアは良かったが、計測器の構造上、既存の施設には設置が難しいことが明らかになった。

一方のベンチャー企業は、配管の外側に2ヵ所センサを取り付けて、流れる液体の“重さの変化”から流速を算出するロードセル(LC)センサと、配管に穴をあけてアンテナを差し込み、電波を出して水分量を測る「RFセンサ」を組み合わせた方法を提案。設置が簡便で、既設の発電所にも後付けできるところが魅力だった。

アメリカから社長を招き、国内の発電所でテストを実施したが、期待していた結果は出なかった。何度繰り返しても、改善しなかった。

「このアイデアをベースに、自分たちの知見を活かそうと思いました」(武田)

2020年、富士電機での自主開発が本格的にスタートした。現場に専門家がいない、手探りの開発だった。

二つのセンサで流れを読む

富士電機は同社とライセンス契約を締結し、「LCセンサ」と「RFセンサ」を組み合わせる計測方式の実用化に挑むこととした。

LCセンサ(左)とRFセンサ(右)



武田は、「実用化に向けては、試行錯誤の連続でした」と話す。

最初の壁は、RFセンサだった。RFセンサのアンテナから発信された電波は二相流配管内の蒸気と水分の影響を受けて減衰するが、その減衰傾向から気体比率を算出する。しかし、実際の場面では電波が配管内で乱反射してしまい、正確な値を取ることができなかったのだ。

反射を抑えるにはどうしたらいいのか――。アンテナの長さを変えたり、電波の周波数を変えてみたり……。だが、すべてうまくいかなかった。

試行錯誤を続けること約半年。武田が湯船で思いついたアイデアが転機になった。

二人三脚で開発を進めた

「ずっと電波を出し続けているから、反射してしまう。レーザー分野ではパルス状に打つ方法が主流だから、電波でも同じ方法を使えばよいのではないか」

電波を一瞬だけ発することで、反射のノイズを最小限に抑えることができる。

翌日、そのアイデアを聞いた神保は「そんな発想もあるのか」と驚いた。会議で提案すると、上司やベテラン技術者からも「いいんじゃないか」と賛同を得た。

これが世界初の二相流量計測システムを実現する突破口になった。

2021年10月に完成した試作品を、実際の地熱発電所で実証実験してみたら、従来の方法と遜色ない精度で計測することができた。さらに理論的に裏付けるため、専門の研究機関に解析を依頼。専門家によるシミュレーションを経て、「地熱発電所の領域においては、この計測システムは成り立つ」という回答を得た。

アイスランドで起きた“予期せぬ不具合”

実証を行ったアイスランド共和国のセイスタレイキル地熱発電所

それでも、武田は「この計測システムで大丈夫、と言える確証はなかった」と言う。

当初、社内では「そんな方法で本当に測れるのか」と懐疑的な声も多かった。前例のないシステムが信頼を得るには、実証実験を重ねるしかない。

2022年、神保はプロトタイプを持ってアイスランドに渡った。アイスランドの地熱発電所での本格的な実証実験だった。

そこで予想外のことが起きた。心配していたRFセンサではなく、構造が比較的わかりやすいLCセンサで不具合が起きたのだ。

LCセンサは配管を流れる水の重さを前後で測定し、その時間差から流速を算出する。
日本の発電所は敷地が狭く、配管が密集しているため、LCセンサの設置間隔を十分に取れなかった。一方で、広大な敷地があるアイスランドの発電所では、LCセンサを十分な間隔を確保して設置することができた。そんな理想的な環境にもかかわらず、流量データを取ることができない。

なぜなのか――。

神保は日本にいる武田にリモートで相談した。すると、「配管の上に重りを置いて出力を確認してみたらどうか」とアドバイスを受けた。


重りを置き、出力を確認する。この作業を何度も繰り返して、LCセンサの配置を調整した。設置場所のバランスをあえて崩すことで、データが収集できた。

2023年5月、神保は再びアイスランドへ。前回の渡航時に得たデータを基に、LCセンサの設置構成を抜本的に見直し改善した結果、ようやく安定したデータが取れた。

「ヒヤヒヤでしたね。現場で出たデータが本当に正しいのか、その場ではわかりません。持ち帰って解析して、大丈夫そうだとわかった時はほっとしました」(神保)

学生に向けて、2人に言葉を書いてもらった。武田(左)は「入社以来、いつも新しいことにチャレンジしてきました。若い人たちも恐れずに“挑戦”してほしいです」と言い、神保(右)は「開発には“TRY&ERROR”あるのみです。うまくいかないことがあっても、あきらめずに続ければ、きっと結果がついてきます」と語った。



地熱の鼓動を見守る“新しい目”

国内の地熱発電所で噴気試験を実施

2025年夏、国内の地熱発電所で「噴気試験」の実証実験が行われた。噴気試験とは、地熱発電所を建設する前に井戸を掘って蒸気を噴出させ、その井戸の性能を評価するものだ。地熱発電所の整備には数十億円から数百億円という巨額の費用がかかるため、結果はプロジェクト全体の意思決定に重要な役割を果たす。

この噴気試験の現場に、富士電機チームはいた。

果たして、富士電機が開発した計測システムはこの噴気試験で連続データの取得に成功した。アイスランドなどで重ねてきた実証の成果が改めて確認された。

噴気試験の現場には、発電事業者の他にも、地熱発電に関心があるゼネコンや資源開発事業者が大勢駆けつけた。地熱発電関係者には「富士電機が新しい計測システムを開発した」というニュースが広がっており、注目の的だった。

神保は「学会で発表すると、『こういうのが欲しかった』という反応をいただきます。これはまさにオンリーワンの技術です」と話す。

再生可能エネルギーへのシフトが進む中、地熱発電の役割は大きくなる。リアルタイムで井戸の状態を監視し、効率的に運用できるシステムがあれば、地熱発電への投資ハードルも下がり、より一層の普及が実現する。

「富士電機の計測システムを信用してもらうには、実績の積み重ねがまだまだ必要です」と武田は言う。専門家ゼロから始まった挑戦に、終わりはない。

地球の鼓動を測り続ける――富士電機の新技術が、地熱発電の未来を変えようとしている。