開発ストーリー
新たな電力取引支援システムで、再エネ普及拡大へ
再生可能エネルギー(再エネ)の普及拡大に向けて、不安定な再エネの発電量に対し電力の需給バランスを調整する系統用蓄電池のビジネスに参入する会社が急速に増えている。
電力の取引価格(市場価格)は需給量に応じて変動する。このため、市場価格を正確に予測し、蓄電池を活用した最適な電力取引計画をつくることができれば、再エネの普及拡大の後押しとなる。
富士電機のプロジェクトチームは、この実現に向けて「電力取引支援システム」の開発を進めている。メンバー3人に話を聞いた。
FIP移行で欠かせなくなった蓄電池の活用
発電エネルギー全体に占める再エネの割合を高めようと、国内では2012年、電力会社が再エネを定額で買い取る固定価格買取制度(FIT)を導入した。その結果、再エネ比率は2011年度のおよそ1割から2022年度には2割を超えた。
しかし、再エネを買い取る原資は家庭や会社の電気代に上乗せした「再エネ発電賦課金」でまかなわれている。国は賦課金を減らすと同時に電力市場の活性化を目指して、2022年度から市場連動型制度(FIP)を導入した。今では、一部の小規模な発電所を除く多数の発電事業者がFIPへの移行を検討している。
FITでは、いつ発電しても電力を固定価格で買い取ってもらえるため発電事業者の収入は安定していた。だが、FIPでは市場価格に応じて収入が変動する。
入社14年目でチームのリーダーを務める石橋は「この変化により、蓄電池を活用して、市場価格が安いときに買電や充電をし、市場価格が高いときに売電する仕組みが注目され始めました。その実現のため、2022年度から、電力市場価格と再エネ発電量を予測し、最適な電力取引計画を立案する電力取引支援システムを開発することになりました」と話す。
最適な「取引計画」を作成できる
開発中の電力取引支援システムは、FIP移行で生じるもう一つの変化にも対応している。
電力は需給バランスが崩れると、最悪の場合は停電を引き起こす。このため、発電事業者は毎日あらかじめ、発電計画を「電力広域的運営推進機関」に提出する必要がある。FIT下では、発電量が計画値を下回ってもペナルティはなかったが、FIPでは発電量の計画と実績の差に応じてインバランス料金を支払う必要がある。
再エネ、特に太陽光発電は気象条件に左右されやすく、インバランスが発生しやすい。
入社4年目の新井は「FIPになったことで、発電事業者は、インバランスによる収益低下を緩和できる最適な発電計画を立てなければなりません。開発中の電力取引支援システムは予測した市場価格をもとに、電力市場に入札する最適なタイミングを自動で割り出す仕組みなども取り入れているので、発電計画を含む最適な“取引計画”をスムーズにつくれるようになります」と話す。
複数モデルの統合とリスク考慮が鍵
富士電機は、1990年代に日本で初めて電力会社向けに電力の需要予測システムを納入した実績がある。その後も福岡県北九州市でのスマートコミュニティなどの実証実験で予測技術、最適化技術を培ってきた。
2023年4月には、電力分野の予測・最適化の第一人者である東京大学大学院の松橋隆治教授との共同研究を発表した。気象予報の誤差に影響されにくい、AIを使った太陽光発電量と市場価格の予測技術の開発を目指している。
入社3年目で昨年からチームに参加し、太陽光発電量の予測を担当する池川は、この1年間の共同研究の成果をこう語る。
「大学側と役割分担を行いながら研究を進めています。互いの結果を見ながら研究精度を高め合うなど、シナジーによる効果が出ています。私たちは、複数の気象予報などを組み合わせることで、予測精度の向上を実現しました。予測における誤差は地域や季節に影響するため、複数の地域で一年かけてシミュレーションを行い、“誤差10%以内”を達成するのが目標です」
複数の機械学習モデルと金融工学を採用
電力市場価格の予測を担当する石橋は、従来は一つだった機械学習モデルを複数にした。「入力データを増やしたうえで、複数の機械学習モデルを組み合わせて統合すると精度が高くなります。その統合方法の方向性が見えてきました」と話す。
さらに、このシステムの特長は、異分野のノウハウを活用して課題解決を目指したことだ。
一般的な取引計画は、発電量と市場価格の予測値をもとにつくられる。しかし、予測値に頼りすぎると予測が外れた際に収益が悪化するのが課題だった。そこで、取引計画の最適化を担当する新井は、金融工学の手法を応用するアプローチを試みた。
「金融と電力取引は一見関係ないように思えますが、収益が変動するリスクを減らすという点で共通点があります。そこで、金融工学のノウハウを盛り込み、予測誤差を踏まえて市場価格のシナリオを複数作成できるようにしました。それらのシナリオを利用することで、万一予測が外れても安定的な収益が得られる計画を推奨できるようになります」
柔軟な発想で精度アップと省力化を実現
異分野の手法を取り込む発想は、「何事も丁寧に進めたい」と考える石橋の呼びかけで始まったチーム内の勉強会が端緒になっている。「最新の技術トレンドについて、手分けして学会に参加したり、外部の専門家に話を聞いたりして、情報を共有し議論しています。自分の知見も広がりました」と池川。新井も「異なる専門性を持つメンバーが集まることで、新しいアイデアが生まれやすい」と話す。
3人の試行錯誤の末、市場価格の予測値の誤差が従来比で13%改善し、熟練者が時間をかけて立案する取引計画を短時間で作成できるようになった。
2025年度の市場投入まであと一歩
電力取引支援システムはアプリケーションとして、富士電機がつくっている蓄電池用の制御システム(EMS=エネルギーマネジメントシステム)に組み込み、2025年度に製品化する予定だ。
石橋は今、事業部やマーケティング担当者、システム開発者と話し合いをして機能や使い勝手の改良を検討している。さらに今後は、EMSにアプリを組み込む運用実験も控えている。
「かなり汎用的に考えてシステムをつくっているので、運用実験の結果を整理しながら、よりよい製品に仕上げていけると考えています」(石橋)
社内のあらゆる部署がかかわっての製品化まであと一歩。プロジェクトチームの試行錯誤から生み出された電力取引支援システムが、脱炭素化の流れを後押ししていく。