食品工場の基礎知識
食品トレーサビリティ

食品トレーサビリティとは

トレーサビリティ(Traceability)とは原材料の調達から生産、流通、消費または廃棄までを追跡可能な状態にすることです。日本語では「追跡可能性」と呼ばれることがあります。

自動車・半導体・医薬・食品他、各種業界で取り組まれており、近年ではブロックチェーン技術を活用して、資源循環トレーサビリティやCO2排出量・エネルギーのトレーサビリティへの取組みなどさまざまな分野で取り組みが進んでいます。

食品トレーサビリティとは

国際食品規格の策定などを行っているコーデックス委員会では「生産、加工及び流通の特定の一つ又は複数の段階 を通じて、食品の移動を把握できること」と定義されています。

食品のトレーサビリティとは食品の生産、加工及び流通段階 を通じて食品の移動ルートを把握できるよう食品を扱ったときの記録を作成・保存し、食品事故等の問題が発生した際に、その食品を追跡可能にすることです。食品に生産地や原料を表示したり、情報提供する取組みとは大きく異なるのが特長のひとつです。

食品トレーサビリティの全体イメージ
図:食品トレーサビリティの全体イメージ

フードチェーンの生産・製造・加工・流通・販売の各段階で、原材料・製造元・製造工程・流通先などの情報を追跡・遡及することで、食品に問題が生じた際の原因特定や食品の回収がしやすくなり、最終的には消費者の安心・安全・信頼を確保することにつながります。

参考:食品トレーサビリティに関する法律

現在、我が国では牛・牛肉、米・米加工品についてはトレーサビリティの法律が制定されていますが、その他の食品全般においては食品事業者の努力義務として規定されているに過ぎません。一方で、EU及び米国では、食品全般のトレーサビリティが食品事業者に義務付けられており、今後我が国においても食品業界全体に対して更なる管理の普及と徹底が求められています。

トレースフォワードとトレースバック

トレーサビリティにはトレースフォワード(追跡)とトレースバック(遡及)が可能なことが求められます。製品の時間経過に沿って追跡することをトレースフォワード、時系列を遡って製品の移動記録を辿ることをトレースバックと言います。

トレースフォワード

トレースフォワードとは、食品に関するトラッキングもしくは追跡することを指します。フードチェーンの各段階で、トラブルや事故等が発生した食品がどこに行ったのかを川下に向かって追いかけることができるので、流通先・販売先が特定でき、対象の食品の回収がしやすくなります。

トレースバッグ

トレースバックとは、食品に関するトレーシングもしくは遡及することを指します。フードチェーンの各段階で、トラブルや事故等が発生した食品がどこから来たのかを川上へ追いかけることができ、対象食品のトラブルや事故の原因を調べたり、仕入れ元の特定、関連する生産ライン・工程・ロットなどの早期特定、原因に対する対策・改善の実施が可能になります。

トレーサビリティの種類

チェーントレーサビリティ

生産・製造・加工・流通・販売のフードチェーンにおけるトレーサビリティのことです。チェーントレーサビリティは、一般にトレーサビリティと言われています。チェーントレーサビリティにより、消費者はその食品がどこから来たのかを知ることができ、生産者・製造事業者はどこへ行ったのかが分かるようになります。

内部トレーサビリティ

食品製造・加工工場や物流拠点ごとで実施するトレーサビリティのことです。食品加工なら原料と製品のロットを、物流なら入荷と出荷のロットを対応づけて記録・保存します。内部トレーサビリティを構築することで、製品品質の向上・安定が図れ、問題発生時は影響のあるロット・工程の特定が容易に把握可能となります。

ロット管理と内部トレーサビリティ
図:ロット管理と内部トレーサビリティ

なぜ食品トレーサビリティが必要なのか

トレーサビリティに取り組むことで、食品に事故やトラブルがあった場合などに流通・移動ルートを作成・保存していた記録をもとに、その食品がどこからきたのか、どこへ流通したのかを遡及・追跡することが可能になります。

食品に関するトラブルや不具合があった場合に、十分なトレーサビリティが構築されていなければ、有事の際のスピーディな対応が困難になります。その結果、消費者からの信頼がなくなり、場合によっては企業ブランドの失墜、事業継続が困難な状況に陥る可能性があります。

CASE:トレーサビリティの必要性

CASE1:食品事故

メーカーから、「あるロットを回収してほしい!」との依頼あり。しかし、そのロットをどこに販売したかわからないので、数十か所の販売先すべてに、回収を依頼せざるをえない。

⇒回収が必要なロットが特定できます。回収を依頼する販売先を絞り込めるので、関係のない販売先に迷惑をかけずにすみます。回収を依頼する自社の負担も減ります。

CASE2:問題発生

自社で製造した製品の一部に、意図せずアレルギー物質が混入したおそれ。取引先に連絡し、製品を回収する必要があるが、どの範囲の製品に問題があるのか特定できないため、全量回収せざるをえず、代替品も用意できない。

⇒迅速な対応ができ、取引先からの信頼を維持できます。問題のある製品を迅速に回収するとともに、代替品を直ちに届けることができます。このことにより、取引先からの信頼を維持できます。

CASE3:問い合わせ

「外食から帰ったら、子どもの様子がおかしい。アレルギー物質である乳製品が使用されていたのでは…」と消費者から問い合わせが。厨房では乳製品は使用していないが、食材として使った加工食品の原材料に乳製品が含まれていたのかもしれない。

⇒乳製品を使用した加工食品かどうかをすぐに確認することができます。記録を確認し、仕入業者に加工食品の原材料の照会ができるので、消費者に対し適切な回答ができる。このことにより、消費者からの信頼を維持できます。

出所:上記各ケース 農林水産省「食品トレーサビリティについて」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/

このようにトレーサビリティに取り組むことで、問題があった食品の商品回収や、原因分析などをスピーディに行えるようになります。消費者の健康被害や事業者の損失を最小限に抑える効果があり、企業ブランドの維持、信頼性の確保などに役立ちます。

食品トレーサビリティに取り組むメリット

食品トレーサビリティに取り組むメリットのうち、主なメリットについてご紹介します。

企業・製品のブランディング

食品のトレーサビリティを明確にすることは、取引先や消費者の安心・安全に寄与し、製品ブランド向上に寄与します。トレーサビリティに取り組む姿勢を発信することで、安心・安全な企業ブランドイメージを発信することが可能になります。

顧客満足度の向上

食品のフードチェーンに関心の高い消費者は、生産元・製造元などの情報を確認して、安心・安全に食品を購入することができます。また、顧客からの問合せやクレーム対応もしやすくなります。このようにトレーサビリティに取り組むことで顧客満足向上が期待できます。

品質向上

トレーサビリティに取り組むことにより、食品に対する責任の所在が明確になります。これにより、各現場の品質に対する意識向上が期待でき、結果として食品の品質向上につながります。責任の所在が明確になっているため、問題発生時も対応もスピーディに行えるようになります。

関連:多変量解析ツール(品質シミュレーション)

品質シミュレーションにより製品品質改善・歩留まり向上を可能に。導入実績550社以上のアナリティクス・AIで、製造工程の診断・分析による加工精度の向上、品質歩留まり向上、設備異常診断などを可能にします。

リスク管理・事業継続性の強化

食品の原材料・製造工程・加工データ・流通経路などの情報が蓄積されているため、リスクのある食品や、問題があった食品について原因究明や食品の回収のスピード化、迅速な早期再発防止策の実施などが可能になります。

マーケティングの強化

トレーサビリティに取り組むことで、フードチェーンのさまざまなデータをマーケティング活動のためのデータとして活用できます。例えば記録された履歴情報を分析することにより、顧客情報や購入傾向などの分析や生産・製造・保存等の技術の向上が可能になります。

トレーサビリティの記録と保存方法

トレーサビリティの記録としての基本的な取組みは「入荷の記録」と「出荷の記録」の作成と保存です。「入荷の記録」には「いつ・どこから・なにを・どれだけ」入荷したのかを記録します。「出荷の記録」には「いつ・どこへ・なにを・どれだけ」出荷したのかを記録します。

これに加えて、内部トレーサビリティ(原料と製品、入荷品と出荷品を対応付けた記録)の作成・保存があります。製造日や製造時間、ロット番号などを紐づけて追跡可能なように記録していきます。これにより、入荷先や出荷先を特定や問題となった原料や製品を特定しやすくなります。

記録の保存方法については、紙媒体・電子媒体などで行われています。問題があったときスピーディに情報を参照できるように保存する必要があります。

HACCPに沿った衛生管理とトレーサビリティ

食品トレーサビリティは記録・保管に手間がかかることが課題の一つです。これに対し、農林水産省ではHACCPに沿った衛生管理に基づく管理計画及びその記録に合わせてトレーサビリティに取り組むモデルを公開し、食品トレーサビリティへの取組みを推進しています。

具体的には衛生管理計画に基づく記録を作成する際に、原料と製品を対応付ける記録を追加することで食品トレーサビリティに対応させるといったものです。

HACCPに沿った衛生管理とトレーサビリティの記録モデル例

出所:農林水産省 HACCPに沿った衛生管理とトレーサビリティの記録モデル例:牛乳より抜粋 
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/

IoT/ITを活用したトレーサビリティの管理

トレーサビリティ管理システム

トレーサビリティを構築する際に活用される情報システムで、生産流通情報把握システムと呼ばれることもあります。食品トレーサビリティの管理・運用の効率化に役立ちます。

システム上でフードチェーンの各種データの一元管理、関連する情報の収集・関連付けする機能が実装されています。トレースバック・トレースフォワードなどの機能の他、蓄積されたデータを分析する機能を有したシステムもあります。

製造実行システム(MES:Manufacturing Execution System)

製造実行システムとは製造工程の状態の把握や可視化、作業者への指示・支援などを行うためのシステムです。

トレーサビリティに関連する機能としてはトレースバックやトレースフォワードの他、時系列による分析などが利用できます。これにより、問題があった際の原因分析や影響分析、問題があった原材料を使った製品や生産ラインの特定、不用品の出荷防止などを可能にします。

製造管理システムと内部トレーサビリティのイメージ
図:製造実行システムと内部トレーサビリティのイメージ

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