開発ストーリー
          
            インバータでモータ異常を即時に察知! ――生産ライン停止によるリスクを低減する最新技術
          
        
        
      
鉄鋼プラントの大きな生産ラインから、ロボットや工作機械にいたるまで、現代のものつくりはモータなしでは成り立たない。しかし、そのモータが突如停止したら、生産ラインは止まり、ものつくりが停止するだけでなく大きな損失が発生する。
このリスクをいかに減らすか。答えのひとつを提示したのが、富士電機の研究者たちによる「インバータ内蔵式モータ異常診断技術」だ。
最先端技術の開発現場にいる3人に話を聞いた。
 
インバータが診断装置に
損失額4.5億円——これは、24時間稼働で年間400万トンの鋼板を生産している工場が突然、操業を8時間停止してしまった場合の損失額の試算だ。モータ交換など復旧に時間がかかれば、損失額はさらに大きくなる。
モータ故障を予測する装置はすでに存在してきたが、外付けのため場所によっては設置ができず、また高価であることもネックだった。
富士電機が開発した診断技術のポイントは、「インバータに内蔵されている」ことにある。インバータとは、モータを効率的に動かす装置
のこと。ファンやポンプをはじめ、エレベータ、クレーン、コンベア、工作機械など、さまざまな設備や機械のモータを制御している。

2020年に新卒入社し、2023年から開発に参加した西澤は「インバータ自体に診断機能を持たせれば、外付け装置を付けることができなかったモータも診断できるようになります」と説明する。
モータ故障は、①モータの回転を支える「軸受」の異常が全体の約50%、②モータの鉄心に巻き付けられた「巻線」の劣化で起きる絶縁不良が約30%を占める。(注)この2つをカバーできれば、モータ故障の大部分を予知できる。
「そのため、『軸受』『巻線』の二つの班に分かれて、研究・開発を行いました」(西澤)
(注)当社がお客様から修理依頼を受けたモータの故障原因を調査したデータに基づいた割合
パワエレ分野にもAIを適応させたい

電気電子工学 (パワーエレクトロニクス)を大学時代に専攻して2021年に新卒入社した李は、2023年から「軸受異常診断技術」の研究を本格的にスタートさせた。当時を振り返り「他の分野ではどんどんAIの活用が進んでいるのに、パワエレ分野ではあまり適用された事例がない。だから、AIを使って異常診断をもっと簡単にできないかと考えたんです」と語る。
協力したのが、2016年に中途入社した白だ。白は前職のベンチャー企業でシステムの制御をはじめ、パワーエレクトロニクス、AIなど幅広い分野に携わってきた。白は「富士電機のいいところは、自分の専門分野だけでなく、興味のある分野にも手を伸ばして研究ができるところ。なかでも、AIを用いたデータ解析にはとても興味があったので、李さんと一緒に頑張りました」と話す。
参考文献も論文もない世界
二人が乗り越えるべき課題は大きく分けて二つあった。
一つ目は、どのようにして軸受の異常を判断するのか、だ。

従来の外付けモータ診断装置には「振動センサ」が使われている。その振動センサはわずかな振動の変化から軸受の異常を検知する。だが、コストが高いため、取り付けられるのは一部の重要設備(モータ)のみに限られていた。
そこで二人が着目したのは、モータに内蔵されている「速度センサ」だった。
「軸受に損傷があった際、振動だけでなくモータの回転速度の周波数成分にも特徴が出ることを発見したんです」(李)
回転速度の情報から異常を検知するのは、業界初となる技術だ。
参考にできる文献はもちろん、論文も一切ない。二人は「AIを使って大量のデータを効率よく分析し、そこでたどり着いたのが『回転速度情報』でした」と話す。
 
多様な経験を強みに。仲間を支えた研究者の視点
しかし、ここで二つ目の壁が立ちふさがる。インバータ内のCPUだ。このCPUは小型で、あまり負荷がかかる処理ができない。
一般的に、回転速度情報などから周波数成分を抽出するには「FFT解析(高速フーリエ変換解析)」といった手法を使う。だが、振動や音などの波形データを分析するFFT解析はたくさんの演算を必要とするため、インバータ内のCPUでは処理しきれない。

李は「記憶装置(メモリなど)を使って収集したセンサ情報を送信機でパソコンに飛ばして、パソコン側で演算をするなら簡単にできる。でも、それでは外部装置の追加が必要ですし、タイムラグもある。私たちが目指していたのは、インバータだけで完結し、リアルタイムで診断可能なシステムでした」と語る。
AIを活用しながら、音声や画像の分析で使われている100を超えるさまざまな解析手法を調査した。白は、当時の様子を「仮説を立てては検証を繰り返しました」と振り返る。
最終的に白は、様々なデータの特徴をより簡単に捉える方法として、異常兆候だけを取り出して抽出する技術を編み出した。この技術により、処理スピードを向上させつつ必要な精度を保つことが可能になった。
「業界で初めての技術だからこそ、仮説が確信に変わったときは、本当にうれしかった」(李)
「新品の故障品」を使って…
大学ではパワーエレクトロニクスを専攻し、学生時代、共同研究などでモータ関連にも携わっていた西澤は、2023年から巻線異常の診断技術の開発にあたった。担当は、異常だと知らせる「閾値」を決めることだった。しかし、異常値の出方は、モータの容量や電圧、インバータの制御方式によってでも出方が変わる。
そのため、西澤は富士電機のインバータを製造している鈴鹿工場に協力を依頼し、巻線異常が原因で故障したモータを再現してもらった。この「新品の故障品」を活用して、異常値の発生原理を明らかにし、モータ容量やインバータ制御方式に応じた閾値を導き出した。
「インバータで巻線異常を診断できれば、インバータの可能性をもっと広げられると考えています」(西澤)
異常値を検出する技術は、2022年にすでに白が開発をしており、現在特許を申請している。
本技術の当社製インバータへの運用は2026年度を目指す。
西澤は博士号を取った後、アカデミアか会社員か、自分が進む道に迷った。だが、富士電機を選んだ。「博士課程で取得したスキルを活かして、社会に貢献したいと思いました。巻線異常診断技術のように、製品に進む開発ができるたびに、やりがいを感じています」と話す。
 

3人に学生へのメッセージを書いてもらい、思いを聞いた。白(左)は「キャリアを築くためには業界だけでなく、世の中や自分自身の健康にもセンサを」。西澤(中央)は「大変なことを乗り越えた先には、『楽』があるという経験を大切に!」、李(右)は「何事も最初はうまくいかないもの。失敗を恐れず、やりたいことにチャレンジ!」と話した。
学生に伝えたいエンジニアの実像
李は一般社団法人電気学会主催の「女性エンジニアの会」に参加している。最近では、そこで交流した女子学生が富士電機のインターンシップに訪れることもあるという。
「女性エンジニアは少ない分、キャリアやライフプランについて不安に思う学生が多いようです。女性エンジニアの会では、富士電機の社員というより、いち女性エンジニアとして話しています」(李)
西澤は学会を機に富士電機に対する入社意欲が高まったという。
「学生時代、富士電機と共同研究する機会があって。そこで出会った方々の技術、考え方、人柄に触れたことが、富士電機に興味を持った最初のきっかけです。学生の方にも自分の納得できる道を見つけてほしいですね」(西澤)
結婚を機に転職活動を行っていたという白は「面接時に感じたのは富士電機の雰囲気のよさ。入社後の現在もイメージ通りです。結婚をして子どもがいても働きやすい職場だと思います」と結んだ。
キャリアも、これまでの歩みも異なる3人が、手を取り合って生み出す新たな技術。それが産業界の生産活動を支えている。
 
                 
                 
                