開発ストーリー
製品の“静かさ”を設計する ──騒音シミュレーション技術の最前線


製品が動けば音が出る。モータ、変圧器、インバータ……。
私たちの生活や産業を支える機器は、稼働とともに振動し、音を発生させる。しかし近年、その「音」は大きな課題となっている。変電所周囲の都市化により、製品の設置環境が変化したことで、「静かさ」も製品性能の一部として求められるようになった。

富士電機は、設計段階で製品の騒音を予測する「騒音シミュレーション技術」を開発し、製品を作る前に「静かさ」を設計できる新時代を切り拓いている。その開発の裏側を、技術を牽引する若手エンジニアたちに聞いた。

都市化で騒音問題が顕著に

発電所で作られた電気は高電圧で送電され、変圧器で段階的に降圧されることで、家庭で使えるようになる。この変圧器が設置される変電所は、郊外の工業地域などにあることが一般的だが、工業地域周辺に家が立ち並ぶなど都市化が進んだことで、住宅地との距離が縮まっている。

変圧器の騒音は、鉄心に電流が流れて発生する電磁力で周辺部材が振動することで発生する。数百枚以上の薄い鉄板を積み重ねた複雑な構造を持つ変圧器は、東日本では50Hz、西日本では60Hzとなる商用周波数の倍数で振動し、それが音となる。騒音規制値を超えれば、製品として成り立たない。

工作機械や製造ラインなどのあらゆる設備で使われるモータの場合はさらに複雑で、駆動する際に、回転軸に垂直方向の力によって全体が振動して、音を発生させる。

さらに、これらの変圧器やモータは電気を流すと発熱するため、冷却用のファンが不可欠だが、このファンの回転も騒音の元となる。

変圧器
モータ



デジタルエンジニアリング部の直島

「近年、いかに静かな製品をつくるかが急務になっています。変電所の近くが都市化する等、製品の設置環境が変化するケースが増えており、騒音問題がより顕著になってきました」とデジタルエンジニアリング部の直島は説明する。

「音源を点にする」発想で高速解析を実現

デジタルエンジニアリング部の園川

これまでの騒音対策は「試作品をつくってから測る」という手法に依存していた。過去の製品データから「この出力、この大きさならこの程度の音が出るだろう」という経験則で騒音を予測して設計を行い、実際に試作品で測定していたのだ。

その結果、試作してから「うるさかった」ことなどを理由に、設計をし直す「手戻り」が起きがちだった。そのため、現場からは「試作品をつくる前に騒音レベルがわかる技術がほしい」という声が挙がっていた。
騒音の大きさは事前のシミュレーションで算出できる。だが、条件を一つ一つ設定して厳密に計算すると、シミュレーションをするだけで3日ほどかかってしまい、複数設計案の検討が難しいという問題があった。

そこで富士電機が挑んだのが「騒音シミュレーション技術の高度化」だ。最大の特徴は、複雑な音の「点音源化」という手法にある。

音源を「点」として扱うことで、音の広がり方を単純な球面波として計算できるようになる。本来であれば、音源の形状や大きさ、指向性によって音は複雑に伝播するが、点音源化によってシンプルな計算式で表現することが可能だ。

「音源を一つの点に集約することで、計算時間の短縮につながります。実際の設計段階で使えるように、1日以内で計算できることを目指しました」(園川)

「理論通りにはいかない」を超える

冷却用ファンによる流体音の低減を担当する園川は、ファンの複雑な現象を1つの点音源に集約する手法で試行錯誤を重ねた。しかし、開発初期、実測と解析の差は±15〜20dBにも達していた。


解析した値にこれだけの誤差が生じると、複数の設計案を比較した際、どの設計案を採用すべきか判断できず、シミュレーションした意味がなくなってしまう。そこで社外の大学教授やソフトウェア会社に相談しつつ、当社の製品に合わせて計算式を最適化。事業部と協力して振動・騒音実験を繰り返し、最終的に誤差を±3〜5dBまで縮めることに成功した。この結果、試作品をつくらず、シミュレーション結果をもとにした迅速な製品設計が可能になった。

実測と解析の差をなくすという技術的な壁を乗り越えるために園川が注目したのは、計算手法の簡略化ではなく、影響の大きい要素を見極めることだった。

「手法を簡略化すれば、精度は下がります。その中で、どこを残して精度を担保するかが非常に難しく、そのためには『何が一番効いているのか』をメカニズムとして把握していなければなりませんでした」

最終的には、製品を組み付けた状態での音の流れも考慮して点音源化することで、精度を担保することができたという。

吸音材の“見えない効果”をモデル化

デジタルエンジニアリング部の雫田

吸音材の複雑な物理現象をモデル化し、低騒音化につなげたのは雫田だ。

「吸音材は多孔質構造であるため、解析はかなり複雑です。解析で吸音材の音響特性を再現するためには、9個のパラメータを計測や逆推定により求める必要があり、検討時間が長くなってしまいます。」

雫田の解決策は、核心となる要素に絞り込んだモデル化だった。

吸音材の多孔質構造による影響を多数のパラメータで表現するのではなく、流体抵抗のみをパラメータとして扱うことで、計算効率と精度の両立を実現した。

「音を設計する」時代へ

パワーコンディショナ

研究開始から約5年を経て、「騒音シミュレーション技術」は本格的な実用段階に入っている。変圧器では2022年から、モータでは2023年から事業部の設計開発で活用されており、製品化も進んでいる。
太陽光発電設備や風力発電設備の電力変換に必要なパワーコンディショナ(PCS)では、製品の設置場所には騒音の規制値があり、規制値を超えてしまうと、そもそもそこに置けなくなってしまう。しかし、PCSの試作段階において騒音が規制値を大幅に超えてしまうという深刻な問題が発生した。この問題に対して、シミュレーションによる音源特定、吸音材等の騒音対策の最適化により、短期間での解決を実現した。



3人に学生へ向けてメッセージを書いてもらった。
園川(左)は「相手を説得するには“根拠”が要る。技術を分かりやすく伝える力も、この仕事には欠かせない。その意味でも不正解が失敗とは言えない」。直島(中央)は「挫折しかかったこともあります。今後は“なぜ音が出るのか”という根本から考えたい。現象を理解することが一番大事だと思っています」と話し、雫田(右)は「やったことのないことでも“面白そう”と思えば視点が広がる。未知の分野に飛び込めるのが、この会社の醍醐味です」と言った。

「私たちの強みは、ベテランが培った“現象を理解する力”を受け継いでいることです」と直島は言う。実際の製品や計測を知り尽くしたベテランと、新しい発想を持つ若手がタッグを組むことで、理論と現実のギャップを埋めている。

今後は製品の開発初期からシミュレーションを導入し、試作品を1回つくるだけで騒音基準をクリアすることを目指している。富士電機の騒音シミュレーション技術は、研究開発段階から実用技術として定着し、製品の競争力向上に貢献すると同時に、私たちの暮らしやすさにも寄与している。