開発ストーリー
AIで72時間先のダム水量を読む!水力発電の未来を変える未踏領域への挑戦

近年、極端な集中豪雨などによって、水力発電の運用は難しさを増している。鍵を握るのは「ダムの水量を予測し、いかに制御するか」。富士電機は、これまでベテラン運転員の経験に頼ってきた判断をAIの力で支え、水力発電所の未来を変えようとしている。プロジェクトの裏側を、開発に携わる3人の社員に聞いた。
気候変動で“ベテランの勘”にも限界が…

水力発電の原理はシンプルだ。ダムに溜めた水を落とし、その力で水車を回して電気を生み出す。
しかし、実際の運用は簡単ではない。雨や雪解けによってダムに流れ込む水の量は常に変化するからだ。もし急に大量の水が流れ込んでダムがあふれそうなことになれば「緊急放流」をしなければならず、発電に活用できたかもしれない水が無駄になってしまう。
流れ込む水量を予測しながらダムの水位を制御し、いかに効率よく電気に変えるか――。現状では、その判断はベテラン職員の“経験と勘”に頼るところが大きい。
AI研究部の長田は「近年の極端な気候変動の状況では、いくらベテランといっても予測精度に限界があります。そのため、水力発電の事業者から『AIで、流量予測や発電計画の作成ができないか』と相談を受けました」と話す。
2024年9月、岩手県内のダム施設向けに「AI流量予測」と「最適発電計画システム」を組み合わせた、新しいシステムを導入することが決まった。だが、類似研究はほとんどない。富士電機AI研究部は、未開の地を開く研究を始めた。
GPV気象予報とGoogleマップを駆使
まずは、“どんな気象条件のときに、どのくらいの水量がダムに流れてくるのか”をAIに「学習」させる必要がある。そのためには、川の流れや雨量など、膨大なデータを読み込ませなければいけない。
だが、長田は「ダムにつながる川の上流は山の中なので、雨量計をたくさん設置することは難しいんです。今回の岩手県内のダムも、各発電所には1つずつ雨量計はありますが、川の上流になると1つでもあればいいほうです。多くの場合は発電所にしか設置されていません」と話す。
AIに学習させるためのデータが足りない――。
長田が目を付けたのは、気象庁が開発した「GPV(Grid Point Value)気象予報」だった。GPV気象予報は、地球を5kmごとの格子状に区切り、各地点の気象要素(降水量や気温など)の予測値を知ることができるもので、その予測値はスーパーコンピュータで弾き出している。
しかし、河川においては5kmでは範囲が広く、知りたい場所の実際の気象要素が予測と異なるケースもある。そのため、GPV気象予報だけでダムごとの流入量を正確にとらえることは難しい。
そこで、研究チームは、日本全国の水系図が見られるWebサイトで、岩手県の岩洞ダム水系にはどこから水が流れてくるのかを調べたり、Googleマップで上流の川幅や地形を確認したり。GPV気象予報に加え、使えるものはなんでも使ってデータをかき集め、AIに読み込ませていった。
AIに学習させるデータを、人が選ぶ
ダムがある山間部の天気は急変することが多く、AIが「雨は降らない」と予想しても、数時間後には大雨になるケースもある。結果的に、GPV気象予報や水系図などを加味して弾き出す予測値と大きくズレてしまうことがある。そこで長田は、AIの学習方法にひと手間を加えることにした。
「大きく結果が違ってしまったデータを、人が選別して消去しました。AIに“どのデータを学習させ、どのデータを学習させないか”をひとつひとつ判断する、そのひと手間が、私たちの『AI流量予測』の精度を高めるためには重要なんです」(長田)
適切なデータをたくさん学習させることで、富士電機の「AI流量予測」のシミュレーション値は実際の流入量に近づいていった。現在は、ダムに流れ込む水の量を72時間先まで精緻にシミュレーションできるようになった。
数万本の数式で、発電の最適解を導く

「AI流量予測」でシミュレーションしたダムへの流入量をもとに、発電量を最大にする発電計画を自動作成するのが「最適発電計画システム」だ。しかし、開発を担当する桐生は「ただ効率的な計画を立てるだけでは不十分なんです」と言う。
それぞれのダムには、安全に運用するための「操作規則」がある。たとえば、「下流にある地域の安全を守るため、急に大量の水を放流してはならない」「水位の上下限を守る」といったルールで、国や都道府県などによって定められている。
これらのルールを考慮したうえで、いかに発電量を最大化するか――。
「システムがルール違反をしないように、それぞれのダムに定められたすべての操作規則を数式に置き換えて、プログラミングするのが私の仕事です。その数式の数は数万本にも達しました」(桐生)
膨大な数式の中から最適解を探し出す。そんな果てしない作業を繰り返すうちに、桐生はあることに気づいたという。
「公的なルールの数式化だけでなく、マニュアル化されていないベテラン職員の方たちの“経験や勘”をシステムに取り込まなければ最適解が出ない気がするんです……。今後、岩手県のダムに足を運んで、運転員の方々から暗黙知を引き出して開発に活かしていきたいと思っています」
桐生の前には「ベテランの経験や勘を数式化する」という難題が待ち構えている。そして、その難題を超えた先に、高精度の「最適発電計画システム」がある。
難解文書の構文分析で精度は95%に

現場の運転を支えるもう一つの技術が「生成AIによる文書検索機能」だ。
開発を担当する大嶋は「運転マニュアルや過去の不具合事例など、膨大な資料の中から必要な情報を探し出すのは難しく、時間がかかります。ChatGPTのように自然文で検索できれば、すぐに欲しい情報にたどり着けるようになり、現場の作業効率が大きく上がります」と説明する。
大嶋は、チャット形式で「この不具合の対処法を知りたい」と入力するだけで、AIがすぐに解決案を提示してくれるシステムづくりを目指した。
発電所はセキュリティの観点から、インターネット接続が制限されているため、ローカル環境で動作するシステムを開発しなければならなかった。だが、ローカル型AIは、検索結果をもとに回答文章を生成する性能がクラウド型AIに比べて低く、AIに操作マニュアルなどのテキストをただ読み込ませていけば検索精度が上がる、というわけでもない。
「単純に資料のテキストを読み込ませただけだと、検索精度は7割程度にしかなりませんでした」
水力発電に関わる資料は複雑で難解な文書が多いためだった。ベテランのような高度な専門知識がなくても、検索して欲しい情報を抽出できるようにしなければいけない。
「そこで、質問文と検索対象がうまく適合するように準備しました。検索しやすいように、文書のレイアウトを考慮した構造解析、分解、整形を自動で行う工程を加え、そこからデータベースに読み込ませるようにしました。その結果、富士電機の取扱説明書を検索した場合には、検索精度を95%まで上げることに成功しました」
大嶋は2021年に新卒入社した若手だ。AI技術は得意かと思いきや、「生成AIはまったくわからない分野でした」と開発当初を振り返る。新しい領域に挑むため、メンバーが手分けして学会やセミナーに参加し、書籍で勉強するなど、チームで協力して知識を共有している。
「入社時はデータ分析業務の中で数値データしか扱っていなかったため、まさか自分が文章生成AIの開発に携わるとは思いませんでした。でも、この技術が現場の役に立つと思うと、やりがいを感じます」と大嶋は話す。

3人に学生へ向けてひとこと書いてもらった。長田(左)は「これまでの経験は必ずどこかでつながります。若い皆さんは“自分を信じて”進んでほしいです」。大嶋(中央)は「人の役に立てるような働き方をしたい。まずは“愚直に”勉強する姿勢が大切だと思います」、桐生(右)は「安易に流されず、真摯に対応する。いつもお客様に“誠実に”向き合って、研究開発に臨んでいます」と話した。
社会実装、そして災害対策への活用も
今回のシステムは、岩手県での導入が社会実装の第一歩となる。2027年度には「AI流量予測」が4つのダムに、「最適発電計画システム」が5カ所の発電所に導入される予定だ。
「岩手県での成果を皮切りに、全国のダムや発電所に広げていきたいです。水力発電だけでなく、工場や水道・ガスといったインフラにも応用できるはずです」(長田)
「AI流量予測」と「最適発電計画システム」は発電だけでなく、防災にも役立つ。
AI流量予測でダムに流れ込む水量を72時間先まで正確に予測して、最適発電計画システムで、雨が降る前から少しずつ放流することでダムの容量を確保する。
こうすることで、豪雨時にダムを緊急放流して、下流域の市街地で大きな水害が起きることを未然に防ぐことができる可能性が高くなる。水力発電所の効率的発電をゴールにした技術は、異常気象が深刻化する今、防災の観点から見ても必要とされる技術だ。
AIで水の流れを読む。先駆的研究の成果は、社会課題解決の可能性を広げようとしている。