開発ストーリー
脱炭素に加え働き方改革も実現!〝自販機愛〟が結実した「サステナ自販機」が目指す新たなコンセプトとは

国内に設置された飲料自動販売機は約221万台(2023年度末時点)。街のどこにでもある身近な存在は、いまや人々の生活を支える社会インフラだ。欠かせない存在だからこそ、自販機には脱炭素、働き方改革など現在進行形の社会課題も降りかかってくる。
飲料自販機で国内トップシェアの富士電機は、これらの社会課題をどう解決しようとしたのか。「自販機愛」にあふれる社員3人に話を聞いた。
フルモデルチェンジを決断
三重工場(三重県四日市市)の展示室に置かれた、1984年製のレトロな自販機。コーヒー。ミルク。砂糖……。四角いボタンを押すと、聞き慣れた「ピッ」ではなく、「カチッ」と音がした。紙コップに飲料が注がれる。
「この音、いいでしょう。僕が生まれたころに作られたもので、雰囲気が好きなんです。古い映画館の片隅や赤い絨毯の上に置きたいんだけど……」

自販機の商品企画を担う起(おこし)は「最新モデルの自販機と一緒に展示会に出そうとしたら、社内で止められてしまいました」と笑って、自販機に薄く積もった埃を指で丁寧にぬぐった。
50年以上も自販機の国内トップシェアを走り続けてきた富士電機は2020年、大きな勝負に出た。大規模なフルモデルチェンジ。基礎実験から始める、ゼロベースの開発だった。
ポイントは、①省エネ=脱炭素 ②商品を補充するオペレーションスタッフ人手不足を解消する働き方改革、の2つ。サステナブル社会に貢献する新しいコンセプトの自販機づくりを目指した。
「社会インフラとなった自販機は、もっと世の中の役に立ち、社会に貢献しなければならない、という意識でした」(起)
こうして誕生したのが、2023年1月に販売開始した「サステナ自販機シリーズ」だ。富士電機が販売する自販機の機種40種類のうち、すでに8割が「サステナ自販機」に切り替わっている。
自販機は省エネの限界を迎えていた
自販機は庫内の冷却・加熱装置で飲料を冷やしたり温めたりするが、心臓部である「コンプレッサ(圧縮機)」に多くの電力を使用する。冷却時に排出される暖気を飲料の加温に使うなどして電力消費量の削減に努めているが、近年は横ばいの状態が続いていた。従来の方法では省エネ化に限界を迎えていた。

この現状を打破するための方策の一つが、コンプレッサを制御する「インバータ」をつなぐことだった。インバータは、私たちの生活に身近なところではエアコンや洗濯機に使われ、モータの回転数を上手にコントロールすることで省エネを実現している。これを自販機のコンプレッサに適用する。
ただ、インバータを搭載するだけでは「横ばい」を打ち破る省エネは実現できない。開発の壁はきわめて高かった。それでも起は当時、「トップメーカーとして、今後の社会のために環境にやさしい自販機を開発することが最重要課題」と考えていた。
新しい自販機づくりに妥協はしない
自販機部設計課の庄野は「世の中にこれまでにない、新しい自販機づくりに妥協はしたくないから、みんなで知恵を絞りました」と話す。
起は「本当に、開発サイドの皆さんの努力に驚かされました」と当時を振り返る。

庄野はコンプレッサとともに省エネの要となる「断熱材」の開発を担った。
自販機の内部には上下左右、庫内の仕切りに計9枚の断熱材パネルが設置されている。断熱材が外気を遮断して庫内の温度を適温に保つことで、冷却・加熱装置の性能を最大限に発揮することができる。
2021年の秋、開発が始まってすぐに、庄野は壁にぶち当たった。
ブレイクスルーのきっかけは「実家の教科書」
断熱材の厚みを増やせば省エネになる。しかし、自販機は置き換え需要が多く、設置スペースの制約上、外形寸法を大きく変えることができない。そうした制約の中で、断熱効率を向上させる必要があった。
庄野は「庫内の狭いスペースで、この子たち(断熱材)を何枚まで重ねられるのか、最適な組み合わせや配置はどれなのか。一から考え直す必要がありました」と話す。
自販機の素材を「この子」と呼ぶ庄野の頭に、大学で専攻していた熱流体の教科書が浮かんだ。
リクルーターも務める庄野は「学生時代の研究と実際の仕事内容は異なることが多い」と学生に話してきた。だが、この時ばかりは違った。
「自分の研究分野がドンピシャで活かせると感じた瞬間でした。すぐに実家まで教科書を取りに帰り、それでもわからないことは大学の恩師に相談しました」(庄野)
試行錯誤を繰り返し、最適な断熱材の構成を完成させた。さらに、製造ラインでの組み立てやすさにも配慮し、量産スピードもアップ。「3%の省エネができたらすごい」と言われる自販機業界で、「サステナ自販機」は通常モデルで5%、高性能な超・省エネモデルでは20%の消費電力量削減を達成した。
食品ロス減を実現するサステナ自販機
入社3年目の秦(しん)は入社早々、「サステナ自販機」の開発チームに入った。担当は新しい押しボタンの開発だった。

昨今、商品の価格をデジタルで表示する自販機が増えている。サステナ自販機の標準機に搭載されているボタンは3桁の「スタンダードボタン」だが、価格が1000円を超える高額商品にも対応でき、海外への展開も見据えて開発が進められたのが、4桁まで価格表示できる「プレミアムボタン」だった。
さらにプレミアムボタンは、見慣れない「割引」の文字も表示できるようになっている。
「飲料は賞味期限が長いと思われがちですが、温かい飲み物の賞味期限は2週間程度のものもあります。サステナブルな新型自販機には、食品ロスをさせない工夫が必要でした」
こうした問題を解決するため打ち出したのが、在庫情報や賞味期限などの情報をもとに、販売価格を変動させる「ダイナミックプライシング」だ。
自社開発したMCU(双方向通信端末)を活用したオペレーションシステムで飲料の賞味期限を管理し、期限が迫っているものは「割引」をアピールして販売する。できるだけ飲料を売り切ることで、食品ロスを減らすことができる。

作業効率アップで働き方改革も
このシステムを使うと、自販機内の在庫データを遠隔地からリアルタイムで確認できるので、働き方改革にもつながる。
一般的に、点在する自販機の商品補充はオペレーションスタッフがトラックで巡回し、自販機の在庫状況を確認して行う。しかし、このシステムでは補充を必要とする自販機が事前にわかる。作業効率を大幅に改善させ、人手不足の解消にもつながる。
省エネと省人化を実現した「サステナ自販機」だが、システムが複雑になると不具合が起こるのではないか――。その懸念に対し、秦は「サステナ自販機では、設置から廃棄まで、“自販機の一生”のうちに発生が予測される約160種類のバグをチェックしています。お客様に長く安心して使用していただけるように、性能アップとあわせて品質チェック機能も向上させているんです」と話した。

今後の仕事にかける思いを3人に聞いた。
起(左)は「入社したときから、社会貢献できる製品をつくることが夢でした。これからも、ひとつの視点にとらわれず、広い視野を持って仕事をしていきたい」。庄野「開発には、部署の垣根を越えての協力が不可欠です。いつも感謝の思いを忘れずにいたいです」と言い、秦(右)は「社会問題の解決は大切な開発テーマです。『なぜ?』を大切にして、これからも問題を深掘りしていきたい」と話した。
熱い思いが省エネ大賞を引き寄せた
完成した「サステナ自販機」を見て、起は「2023年度の『省エネ大賞』を目指そう」と意気込んでいた。
膨大な資料をつくり、省エネ大賞にエントリーした。2023年10月、審査員たちが三重工場を訪れ、質疑が交わされた。
審査員のひとりが「なぜ『省エネ大賞』なのに、省人化をアピールするのか?」と言った。
想定外の質問に対し、起は冷や汗を流しながら、自販機業界が抱える社会課題を必死に説明し始めた。
「人手不足のなかで、『商品補充やゴミ回収を効率化できるシステムを開発してほしい』という現場の切実な声がありました。業界を縮小させないためにも、働き方を楽にするシステムを構築したい。そんな思いで我々は『サステナ自販機』を開発したんです……」
冷ややかな質問を受け、半ばあきらめていたが、サステナ自販機は省エネ大賞の最高位「経済産業大臣賞」に輝いた。審査結果を知らせる通知メールには「お客様の業務効率化、売上アップにつながる省エネ・省人化という観点が評価された」と書かれていた。
自販機の性能にとどまらず、自販機の周りで働く人々の思いを徹底的に調査して、「自販機のあり方」を根底から変えていく。自販機愛にあふれ、信念を曲げないチームが、自販機製造のフロントランナーとして走り続ける原動力になっている。