船からのCO2排出を止めろ! 日本初の水素ハイブリッド船が船舶のミライを変える

船からのCO₂排出を止めろ! 日本初の水素ハイブリッド船が船舶のミライを変える

2024年4月10日、水素燃料電池、バイオディーゼル発電機、リチウムイオンバッテリーを動力源とする日本初の“ハイブリッド旅客船”「HANARIA(ハナリア)」が北九州港を出港した。水素燃料電池のみを使ったゼロエミッションモードで運航した場合、CO2を排出せず航行が可能であり、水素供給システムの心臓部にあたる水素監視制御装置には富士電機の製品が使われている。船舶業界が抱える社会課題を解決しようと、HANARIAはあらゆる技術を凝縮して、短期間で開発された。
運航会社MOTENA-Seaの出資会社としてプロジェクトを引っ張った商船三井テクノトレードと、富士電機の担当者に誕生までの経緯を聞いた。

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「水素タンクに通信指令が出せない」という大ピンチ

商船三井テクノトレード 水素ビジネスデザイン部の向山敦・部長代理は船舶業界が構造的に抱える社会課題についてこう話す。

「現状の船は運航時に、化石燃料の燃焼などにより大量のCO₂を排出します。温室効果ガス削減という社会課題を解決するためには、水素エネルギーの利用が不可欠でした」

商船三井テクノトレード 水素ビジネスデザイン部の向山敦さん



水素燃料電池とバイオディーゼル発電機、リチウムイオンバッテリーの3つ電源を搭載した船をつくるプロジェクトの構想は、2021年から始まった。

ところが、大きな壁が待ち構えていた。

それが水素供給システムの心臓部であり、水素エネルギーの活用には欠かせない水素監視制御装置だった。当初は水素自動車の技術をそのまま活用する予定だった。ところが、水素自動車のシステムと船のシステムでは使用している通信規格が異なり、直接指令を出すことができないと判明したのだ。自動車と船をつなぐためには双方の通信規格を仲介するためのシステムを新たに開発しなければならない。

向山さんが困り果てていたところに、いい話が舞い込んできた。

「プロジェクトメンバーの1社から富士電機さんを紹介していただきました。富士電機は以前から水素燃料電池モジュールでの実績もあったのでコンタクトを取ることにしました」

タイムリミット1年前に開発プロジェクトへ途中参加

新型コロナの第8波が到来していた2023年2月15日、商船三井テクノトレードと富士電機の初顔合わせがオンラインでおこなわれた。

船の竣工は、2024年3月に決まっていた。タイムリミットは約1年。しかも水素ハイブリッド船の製造は前例がない。両社はオンラインで打ち合わせを重ね、距離を近づけていった。

新型コロナが第5類に移行し、ようやく対面での打ち合わせができるようになった2023年6月、向山さんは富士電機 東京工場を訪ねた。

「オンラインで議論して、富士電機さんの技術対応力の高さや水素に対する知見の深さを知ることができていました。東京工場を訪問して、改めて“富士電機さんにパートナーを依頼しよう”と思いました」(向山さん)

そうして富士電機はプロジェクトに途中から参加することが決まった。

富士電機の営業担当・小菅は「日本初のプロジェクトと聞いていたので不安もありましたが、弊社の技術を選んでいただいたからには“いいものをつくるぞ”という気持ちでいっぱいでした」と振り返る。


2024年4月に運航を始めた日本初の水素ハイブリッド船「HANARIA」



水素ハイブリッド船の開発には商船三井テクノトレードと富士電機、船の建造を担った本瓦造船など7社が参加し、計71回のプロジェクト会議が行われた。しかし前例のない水素ハイブリッド船開発とあって、検証が必要な課題も多く、各社の意見がまとまらなかったり、国土交通省との折衝が必要になったりして、プロジェクトは順調に進まないこともしばしばだった。

小菅は「工程の進行状況に応じた課題の抽出や仕様検討のタスク抽出など、7社の意見をまとめあげる向山さんの調整力に感謝しかありません」と話す。

一方、向山さんは、短い開発時間で難しい注文に応えようとする富士電機の機動力が印象的だったという。

「一からの開発でしたが、富士電機さんの技術に安心感がありました。すごく親身になってプロジェクトに協力していただけたので、信頼できる会社だと感じました」(向山さん)

インターフェースで強みを生かす

富士電機の山中は、水素タンクと制御装置をつなぐシステムの開発を担った。しかし、富士電機ではほとんど実績のない通信方式が含まれていたため、開発に苦労したという。

富士電機ではこれまでも、水素を使用する燃料電池などにおいて、1台の制御装置に対して水素タンク1台をつなぐという実績はあった。しかし、水素ハイブリッド船では制御装置につなぐ水素タンクはなんと8台。1台の装置で制御するには通信スピードを上げなければならず、速い通信性能に耐える通信変換器の開発が急がれた。水素タンクには決められた通信周期(注)があり、この周期を守らないとシステムが止まってしまうリスクがあるからだ。

(注)

通信を監視する周期の時間・速さのこと。周期が短いほど異常を早く感知できる。

通常、通信変換器システムの開発には半年~1年かかるが、本プロジェクトにはそこまでの猶予はなかった。そこで、山中は過去に手がけた仕様と今回の仕様の違いを洗い出すことにした。差分をピックアップしてそこに注力することで、少しでも早く開発できるようにしたのだ。その結果、輸送システム事業部の全面的なバックアップも得て、3ヶ月という短期間でつくり上げることができた。


富士電機 プラント制御システムセンターの山中(左)と富士電機 社会ソリューション統括部の小菅(右)



さらにソフト設計におけるノウハウを活かし、想定外のトラブルがあった際にシステムを保護し、船の安全運行を継続させるフェールセーフ機能を付加することもできた。

山中は「かなり厳しい納期でしたが、いままで蓄積してきた技術とノウハウを集結して、なんとかタイムリミットに間に合わせることができました」と話す。

「まるで違う言語を翻訳するようにシステム同士をつないでくれる。富士電機さんのインターフェース技術は素晴らしいと痛感しました」(向山さん)


今後も同じゴールを目指すパートナーとして

水素監視制御装置のシステムが完成し、無事に航行試験を終えたのは2024年2月のこと。その時の喜びはひとしおだったと小菅は振り返る。
手探りの状態から始まったプロジェクトは、船舶分野の水素エネルギーの活用において大きな一歩となった。

水素ハイブリッド船の就航で両社のパートナーシップが終わったわけではない。脱炭素化への貢献という同じゴールを目指すパートナーとして、今後も航海は続いていく。