開発ストーリー
悪者だった「放電」を味方に――プラズマで半導体の未来をひらく逆転の発想

電気を漏らさない「絶縁」を研究してきたグループが、悪者扱いしてきた「放電」をあえて活用しようとしている。パワー半導体の進化が、放電による「プラズマ」の発生を容易にしたことが要因だ。未知のプラズマ技術の解明に挑む富士電機・絶縁構造グループの三人は、研究の一つひとつを面白がっていた。
「火の玉」を見つめ続けた、入社ほやほやの研究者
研究室の照明を消す。空気の揺れをなくすため、エアコンのスイッチをオフにする。一気に放電させると、ノイズ音とともに青白い光の球が暗闇の中で浮かび上がってくる。しかしそれは一瞬のこと。「火の玉」はすぐに消える。
大学院を出たばかりの若き研究者は、繊細なこの光を半年間、発生させ、見つめ続けた。なぜ「火の玉」と向き合い続けているのか。

Storyは、富士電機・絶縁構造グループの「逆転の発想」が生まれた時にさかのぼる。
放電に、夢を見た

絶縁構造グループは、漏電を防ぐために放電させない技術を研究してきた。絶縁の世界では「悪者」である放電を、あえて研究するという「逆転の発想」に火をつけたのは、このグループで10年あまり絶縁の研究を続けてきた髙野だった。
「純粋に、プラズマというものが面白そうに見えたんです」と髙野は振り返る。
そう思ったきっかけは、2015年、社内の人が「パワー半導体の、もっと尖った使い方ができないか」と話すのを聞いたことだった。
世界的にも屈指のシェアを持つ富士電機のパワー半導体は、主にインバータやUPSのような電力変換の分野で使われる。だが、別の応用領域があるのではないか。その問いがずっと、髙野の頭の片隅に残っていた。
転機が訪れたのは2023年の学会でプラズマの研究発表を聞いた時。8年越しの問いに光明が差した。プラズマは高エネルギーを持ち、物質の分子のつながりを切ったり、反対にくっつきやすくしたりと応用範囲が広い。
「頭の中でパワー半導体とプラズマが結びついたんです。組み合わせたら新しいことができるんじゃないかって。絶縁の研究は歴史が長いので、独自の工夫を探すのは難しいけど、放電に目を向けた途端に領域が広がる。夢を感じました」
「次に進んで行けない」という危機感

グループマネージャーの早瀬も以前から「絶縁の研究は、設計も標準的な規格に沿うことが多いので、差別化が難しい。このままでは新しいものを生み出せない。次に進んで行けない」と危機感を抱いていた。
絶縁からはみ出して、新しい領域へ踏み出す。ターゲットとして、髙野から提案されたプラズマは申し分なかった。早瀬は技術動向を調べ、ロードマップを描き、共同研究の段取りを整えた。「面白そう」という髙野の着想を研究プロジェクトへと形にしていった。
固体、液体、気体……その先の「第四の状態」
そもそも、プラズマとは何なのか。早瀬はこう説明する。
「固体にエネルギーを加えると液体になり、液体にエネルギーを加えると気体になる。さらに、気体にエネルギーを加え続けると、プラズマになります。プラズマは、物質の三態の先にある『四態目』なんです」
プラズマは身近なところにもある。たとえば、ガスバーナーの青い炎になっている部分がプラズマだ。ガスバーナーのような1,000℃以上の高温状態のプラズマがある一方で、ガスを熱くすることなく高電圧をかけて常温で発生させることもできる。操りやすい性質もあるため、研究が盛んになっている。
はじいて、くっつける

「多くの金属の表面は、空気中の酸素と結びついてできた薄い被膜に覆われることで、安定を保っています。そこへプラズマを当てると、被膜をはじき飛ばして、被膜がなくなった部分に別の物質がくっつきやすくなるんです」(早瀬)
プラズマには、表面をきれいにすると同時に、他の物質との密着性を高める効果がある。
表面処理技術は、半導体分野で注目されている。半導体のチップは、内部の部品を保護するために樹脂で封止が施されている。樹脂がしっかりくっついていないと境目からはがれて、絶縁不良につながる。いかに強く密着させるかが製品の信頼性を左右するし、強く密着することができれば、封止材の選択肢が広がる。
火付け役の髙野は、従来の表面処理で使われていたような真空装置で発生させるプラズマに替わる、常温・大気圧下で発生するプラズマの研究に取り組んだ。細いノズルから青や紫色の炎のように光るプラズマを噴射する「プラズマジェット」方式だ。
プラズマを発生させるには高価な装置が必要だったが、パワー半導体の性能が向上したことで、電気のオン・オフを高速で切り替えた時の急激な電圧・電流変化でプラズマを発生させることが可能になった。
「プラズマを連続で安定して噴き出すことができるし、扱いやすいのも強みです」(髙野)
しかし、プラズマジェット方式はすでに表面処理の用途で使われ始め、他社でも研究が進んでいた。そこで「富士電機独自のアプローチはないか」と考えてたどり着いたのが、冒頭の、火の玉を産み出す「球雷放電」方式。他社はほとんど手をつけていない研究領域だった。
未知の部分が多い「火の玉」

ガスを連続的に吹き出すプラズマジェットに対し、球雷放電は、コンデンサに溜めた電気を一気に放つと爆発するように高エネルギーが解き放たれ、球状のプラズマを発生させる。
球雷放電に注目したのには理由がある。
「樹脂の表面にプラズマを当てると表面の性質が大きく変わります。強力な結びつきを促すような小さなフックが表面にたくさん作られるイメージです」(早瀬)
このフックに当たるのは、OH基という、物質の特定の性質を決める原子の集まりだ。OH基は単独では存在することができず、そのため、他の物質との結びつきが強くなる。
「球雷放電は、水(H2O)が豊富な環境においてプラズマを発生させます。そこにはフックの材料となる水素(H)と酸素(O)がたっぷりあります」と早瀬は話す。
一方のプラズマジェットはアルゴンガスを使うためOHがほとんど含まれない。球雷放電は他のプラズマ技術に比べてOH基の量が「1万倍から10万倍」(早瀬)にもなるという。
OHが多ければ、化学的な結びつきも強くなるはず。ならば、球雷放電の方が密着性を高めるのに向いているのではないか。そんな仮説が成り立つ。
未知の部分は多かった。そこで早瀬は、学生時代から縁のあった埼玉大学の研究室に依頼し、2024年から共同研究を始めた。
その実働を託されたのが、共同研究が始まった2024年に入社したばかりの中島。冒頭の「火の玉」を見つめ続けた研究者は、彼女だった。
「そんな単純な話ではないだろうな…」
早瀬は、中島に球雷放電を任せた理由について「学生時代に化学や分析の技術を学んでいた。さまざまな分析装置を使って、プラズマを当てた表面にどれだけOH基が付着しているか評価するにはピッタリの人材でした」と振り返る。
しかし、中島は「OH基が付けば密着力が上がるというほど、単純な話ではないだろうなと思っていました」と、この仮説に最初から疑問を持っていた。
OH基に密着効果があることは確かな通説だ。だが、本当にそれだけなのか。実験して解明するしかない。
崩れるから、面白い

実験を重ねて半年後の2024年12月、データが出そろった。中島は結果を報告するため、早瀬のデスクを訪ねた。
樹脂素材によって密着力に違いがある実験データをもとに、中島は「OH基がすべての樹脂素材に効果を発揮しているわけではない」と結論づけ、早瀬に伝えた。
「内心は不安でした。そんな結果にはならないはずだと、早瀬さんから実験のやり直しを命じられるんじゃないかと思って」
報告を聞いた早瀬の第一声は、「面白いじゃないか」だった。
早瀬は「どのような原理で密着力が上がるのか、メカニズムを解明するのが研究の目的です。メカニズムが分かれば、研究の可能性が広がっていく。だから、仮説が崩れてもいい。データをもとに研究を突き詰めていくのは、面白いことじゃないですか」と振り返る。
中島が積み上げた実験データからは、「OH基とは異なる、窒素と水素が結びついたNH基が密着度アップに効いているのではないか」という新たな仮説が生まれていた。
「通常であれば10年かかることも珍しくないところを、たった半年という信じられないスピード」(早瀬)で、研究は次のフェーズに移行した。
それぞれの次の一手
2026年、研究は新たな展開を迎えている。
球雷放電を担当する中島は「OH基とNH基はどの樹脂素材と相性がいいのか、配分や条件など組み合わせは無数にあります。いま検証中です」と話す。一方、プラズマジェットを担当する髙野も「プラズマにコーティング剤を追加することで密着力がどう向上するのか、研究を重ねている」と言う。
課題も見えている。球雷放電は一瞬で消えてしまうため、連続して当て続けられない。製品の量産ラインに組み込むには、この「間欠式」の壁を越える必要がある。
2つの研究は、競い合うのではなく、それぞれの強みを探りながら並走している。
製造現場への導入や製品化を目指す研究ならば、1~2年と期限が区切られることも多い。だが、プラズマ研究の狙いはその先にある。「5年後、10年後に、他部署から『こういう表面処理をしたい』という相談が来たときに応えられるようにする。それが目標です」と早瀬は話す。

三人に学生に向けた言葉を書いてもらった。
髙野(左)は「積極的に会社の外に出て情報を得るようにしています。新しいアイデアにつながることが多いです」と言い、中島(中)は「頭で考えるよりも、まずは実行してみるのがいいと思います」。早瀬は「過去に実績のある技術でも、使い方や目的を変えるだけで全く違う形になる。新しいことに挑戦する気持ちが大切です」と話した。
スタートラインは、同じ
放電を悪者とせず、あえて使いこなす。絶縁という枠を外して、必要になりそうなものへ、先入観なく手を伸ばす。この挑戦を支えているのは、意外にも「経験のなさ」かもしれない。
「絶縁技術の研究はとても歴史が長い。そのためなのか、改めて大学で絶縁を専門に学ぼうとする人はほとんどいません。僕も、髙野も、中島も、みんな入社してから学びました。だから、スタートラインは同じなんです」(早瀬)
専攻も、経歴もばらばらな3人。電気を学んだ者、化学を学んだ者、機械を学んだ者。共通しているのは、未知の領域を前にして、それを面白がる姿勢だけだ。
数えきれない試行錯誤の一つひとつを「面白い」と言える技術者たちが、次のプラズマ技術を育てている。