開発ストーリー
つくる設備が、自ら稼ぐ ―水素製造のコスト削減に挑んだ富士電機の制御技術

次世代燃料・水素の普及が進まない理由の一つに、製造コストの高さが挙げられる。水素の製造コストは大半を電力の費用が占めている。
そこで富士電機は、水素をつくる一方で、電力取引で収益を上げて製造コストを補う制御技術を開発した。既存概念にとらわれない、発想の転換が開発を支えた。2人の開発者に話を聞いた。
3日で終わるはずなのに……

月曜日の朝、システム制御研究部の綱分は出社して、まずパソコン画面をのぞいた。「なんだよ……」。金曜日の夕方にシミュレーションをスタートさせた。うまくいけば3日で終わっているはずだった。しかし、計算は途中で止まっていた。
なぜ止まったのか。原因を突き止め、また計算を走らせる。すべては1つの問い「水素製造設備は、制御システムを使うことで本当に稼げるのか」の答えを出すためだった。
綱分は、月曜日の朝にパソコン画面に向かう生活を1年近く続けることになる。
水素製造コストの大半は電力の費用
水素は、水に電気を通して水素と酸素に分ける「水電解」でつくられる。
1ノルマル立方メートル(注)あたり約100円の水素の製造コストについて、政府は2030年までに30円に引き下げる目標を掲げていた。この目標にたどり着くには、水素をつくる水電解装置の改善など、いくつもの要素を積み上げる必要がある。
(注)標準的な条件である0℃、1気圧における気体の体積を表す単位
だが、研究開発テーマを企画した技術戦略部の小藤は電力に注目していた。「水素製造コストの大半は電力が占めているからです。私たちの開発テーマは、電力をいかに効率よく使えるかが勝負どころでした」と話す。
「富士電機ならなんとかしてくれる」

開発の出発点は、2007年頃から富士電機が開発してきた風力発電の「蓄電池システム」だった。小藤は「お客さんにかなり好評で、富士電機は蓄電池と何かを組み合わせるのがうまいというイメージを持っていただいていたと思います」と振り返る。
2022年に水素がトレンドになると、小藤のもとに「水素をもっと安く製造したい」という顧客からの相談が集まってきた。「具体的な要望というよりは、水素のフワッとした悩みを抱えている企業が多かった。富士電機なら蓄電池をうまく使ってなんとかしてくれる、という期待を感じました」。
蓄電池の強みを水素へ
小藤は、蓄電池システムを開発していた綱分に話を持ちかけた。
電力の価格は時間帯によって刻々と変わる。だから、安い時間帯に買って蓄電池に貯めておく。高い時間帯になったら、貯めておいた電力で水素をつくり、蓄電池に余裕があれば、電力を高値で売って稼ぐこともできる。電気を最適な条件で売買する「蓄電取引運用システム」に、水電解装置(水素製造装置)を組み合わせることができないか。
小藤の提案に、綱分は「そもそも蓄電池システムはマルチユースな製品。水素にも対応できるはずだ」と応じた。
水素に詳しい社内のベテランたちからは「本当にできるのか」と懐疑的な声もあった。それでも、水素の市場には追い風が吹いていた。
「水素は新しい分野です。既存技術に比べて色がついていない領域なので、世の中の情勢を見極めながら、目標を修正する提案が通りやすかったんです」(小藤)
2022年9月、2人は開発に踏み出した。
中間管理職がつなぐ
制御技術の核心になったのは、蓄電池と水電解装置が互いの電力を融通させる「水素アシスト制御」という仕組みだ。

小藤は、この仕組みを会社にたとえる。
「装置に運用計画を指示するEMS(エネルギーマネジメントシステム)は人間で言えば上司で、蓄電池や水電解装置は部下にあたります。部下の能力がどれだけ高くても、上司が適切な指示を出さなければ、仕事の効率は上がりません」
水素アシスト制御は、上司と部下の間に立つ「中間管理職」の位置にある。上司(EMS)が立てた計画をそのまま下ろすのではなく、いまの蓄電池や水電解装置に何がどこまでできるかを見極めて、電力の振り分けをその場で調整するなど、部下の力を引き出す役割を担っている。
「それぞれに優先順位をつけて、状況に応じて電力を柔軟に分配することで、制御効率を上げることができます」(綱分)

蓄電池の充電量が不足しているとき

蓄電池の空き容量が不足しているとき
蓄電池と水電解装置が電力を融通し合う。蓄電池の電力が足りないときは、水素製造を一時止めてその電力を蓄電池へ回す=左。蓄電池が満杯(空き容量がわずか)のときは、調達した電力と蓄電池の放電電力で水素をつくって空きを確保する。過不足を互いに補い、柔軟な運用を可能にする。
「電池を小さく」から「もっと稼ぐ」へ

そもそも開発を始めた当初は、蓄電池システムの制御効率を上げて他社より電池の容量を小さくすることで、取引先企業の設備投資コストを抑えることを目標にしていた。
ところが、電池の容量を減らせば、水素アシスト制御による収益が少なくなってしまう。顧客から見ると、どれぐらい得をしているのか分かりづらくなる。
そこで、2人は発想を転換した。
「電池容量を減らすと言うのではなく、余った電力を市場で運用して利益を伸ばす、と言い換えることにしたんです」(綱分)
2023年下期、目標を「運用収益を10%高める」へと切り替えた。水素の製造コストを、運用収益で補うという打ち出し方にした。
収益を伸ばすことに舵を切ったことで、他部署との関係が変わった。「サポートしてもらいやすくなったんです。マーケティングも意識して、開発の目標を設定することが大事だと感じました」(小藤)
金曜に走らせ、月曜に結果確認
2024年4月、2人は水素アシスト制御システムの骨組みをつくった。しかし、綱分は「制御システムの骨組みづくりより、これが実際に収益に効果をもたらすのかを検証するフェーズが一番大変でした」と話す。
綱分は、電力市場での取引実績や装置の動きを入力し、システム全体のシミュレーションを始めた。考慮すべき制約条件やパラメータは300〜400あった。
しかも、複雑なシミュレーションは3日かかる。
「金曜の退勤時にスタートして月曜の朝にパソコンを見るのが、週始まりのルーティーンでした。水素アシスト制御、EMSの計画、シミュレーション計算のどこにエラーがあるのかを突き止めて、対策を打たないと次に進めないんです」
綱分は約1年間、この開発に専念してシミュレーション結果と向き合い続けた。
「シミュレーションの制約を強めると、どんどん収益効果が目減りしていく。なかなかうまくいかず、本当に目標を達成できるのか戦々恐々とした毎日でした」
報告は淡々と。内心は……
2025年1月の月曜日の朝、シミュレーションの計算が途中で止まることなく、最後まで行って終わっていた。
パソコン画面に「コンプリート」の文字が映し出されるような派手な演出はない。それでもデータの波形を追った綱分の目には、「収益効果を保っている」という結果が示されていた。
綱分は「ほっとした」と同時に、「本当にこれで大丈夫なのか」と半信半疑でもあった。
「ずっとモヤモヤしていたことが少し軽くなった感じ。でも、どこかに間違いがあるかもしれないと思うと、すぐに完成したとは言えませんでした。もう一度、本当に大丈夫なのか確認作業をして、報告書をつくりました」
数日後、小藤と2人の定例会で、綱分は結果を報告した。淡々と話す綱分の言葉を、小藤は静かに聞いた。
小藤は「もちろん、報告を聞いた時はうれしくて、心の中で大喜びしていました。でも、わざと冷静を装っていたんです」と振り返る。
そこには、研究者としての経験があった。
「昔、開発が成功した!と上司に報告して喜んだ後で、報告書をまとめているうちにデータがおかしいと気づくことが何度かありましてね。あんまり大騒ぎしすぎると、やっぱり間違っていたとは言いづらくなってしまうので、彼に過度なプレッシャーを与えないように気をつけていたんです」(小藤)

学生に向けた言葉を2人に書いてもらった。小藤は「世の中の役に立ちたいという気持ちと、どうしたら売れるのかという研究の目的を両立させることが大切です」と言い、綱分は「試行錯誤して、とりあえずやってみることです。うまくいかなかったことも自分の財産になって成長できます」と話した。
採算が数字で見えた
その後も大きな不具合は見つからず、2025年3月にシステムが完成した。
水素アシスト制御を使ったシミュレーションでは、蓄電池と水電解装置を別々に運用する場合に比べ、運用収益が50%以上アップする試算結果が得られた。

開発した制御(水素アシスト制御)を使った場合と、蓄電池・水電解装置を別々に運用した場合、シミュレーション結果では、収益が59%増加した(右の棒グラフ)。
それぞれの新しい発見
2026年度に入ると、興味を持つ企業にプレゼンする機会が増えた。小藤は「水素製造装置は顧客それぞれに合わせてカスタマイズする。その土台となるシステムができているので、要望があればいつでも対応できる状態です」と期待する。
システムの開発過程で、2人にはそれぞれ新たな発見があった。
綱分は自分の性格を「重箱の隅をつつきたくなるタイプ」と分析する。
「より良くしようとするあまり、開発に時間をかけすぎてしまうことがありました。そんなときに、小藤さんにブレーキ役になってもらっていました。このテーマを通じて、突き詰める場面と引く場面の塩梅を肌感覚で得ることができました」(綱分)
一方、小藤はこれまで「製品の社会貢献と収益は両立できない」という思い込みがあったと言う。
「社会課題を解決したいというモチベーションで研究するものと、収益に力を入れる製品があり、それぞれ別物だと考えていました。この水素アシスト制御では2つがリンクしたので、これからも両立できるように知恵を絞っていきたいです」(小藤)
冷静に見えても、仕事への情熱は熱い。2人が試行錯誤の果てに完成させたシステムは、もうすぐ現実の社会で使われる。